ぐるりみち。

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“枯れた技術の水平思考”とゲームの本質『任天堂ノスタルジー 横井軍平とその時代』

 先週末の『Nintendo Switch』の発表会を見て、珍しく物欲を刺激されつつある今日このごろ。いやー、アレはいいものだ……。『スプラトゥーン』続編がある時点で購入不可避。

 最近はすっかりスマホゲームに時間を取られ、買って遊ぶゲームといえば昔から好きなシリーズ作品に限られている現状。にも関わらず、 “任天堂の新ハード” と聞けばやはり気になってくるわけで、発表会もリアルタイムで視聴しておりました。

 そんななか、別に発表会に合わせたわけではないのだけれど、ちょうど先々週から任天堂関連の本を読み進めていたことを思い出した。インフルエンザで寝こみ、半分ほど読んだところで止まっていたのですが……先ほどようやく、最後まで読み切った格好。今回は、その感想をば。

 

 

横井軍平さんって、どんな人?

 さて、今回読んだ『任天堂ノスタルジー 横井軍平とその時代』は、1960年代〜90年代にかけて任天堂に所属していた、横井軍平さんの生涯を紐解いた一冊です。2010年に刊行された『ゲームの父・横井軍平伝』を加筆修正し、2015年に発売された新書版。

 筆者はITジャーナリストの牧野武文さんであり、同氏による著書『横井軍平ゲーム館』のほうを目にしたことがある人もいるのではないかしら。横井軍平氏への貴重なインタビュー本であり、ゲームボーイ以前にまで遡って任天堂の “ものづくり” の源流を知ることのできる一冊。本書『任天堂ノスタルジー』も、その流れを汲んだ内容となっております。

 ただ、僕個人は熱心なゲーマーというわけでもないため、横井氏の名前は「なんとなく聞いたことがあるような……?」程度の印象しかなかった。任天堂と聞いて思い浮かぶのは、いつも「直接!」情報を伝えていた岩田聡さんであり、 “マリオの生みの親” である宮本茂さんだったので。

 

朝まで!!任天ちゃん!!
【手書き動画】 朝まで!!任天ちゃん!! 1話 - ニコニコ動画

 自分がはっきりと横井氏個人を認識するようになったのは、最近のこと。意識的に読むようになったゲームクリエイターのインタビューや、『朝まで!!任天ちゃん!!』の影響が大きい。『ゲーム機大戦』*1もだけど、ウェブ漫画や動画は敷居が低くてありがたいっす。任天ちゃんかわいい。

 そんな『任天ちゃん!』などでも書かれているように、横井さんは1979〜96年まで任天堂・開発第一部の部長として『ゲーム&ウオッチ』『ゲームボーイ』『バーチャルボーイ』などを手がけてきた、伝説的な開発者。そしてなにより、おなじみ「十字キー」の考案者。――と聞くと、なんかもうとてつもなくすごい人のよう。いや、実際にとんでもない方なのですが。

 しかしその一方で、この『任天堂ノスタルジー』の文中で語られるエピソードや、引用された横井さん本人の言葉を読んでいると、そんな「すげえ人」という印象は半分ほど霞んでしまう。「すげえ人」であると同時に、なんというか……「手先が器用でやんちゃなおじちゃん発明家」のような印象がわきあがってくるのです。半田ごて片手に何でも作っちゃいそう。

 

任天堂のものづくりの源流「枯れた技術の水平思考」

 そして、横井軍平さんといえば忘れてはならないのが、かの有名な「枯れた技術の水平思考」。ゲームに限らず、あらゆるクリエイターのあいだでしばしば参照される考え方であり、この言葉を聞いて横井さんについてピンときた、という人もいるかもしれない。

 

任天堂は、面白い遊びというものは、決して処理能力や画面解像度から生まれるものではないことを知っていた。DSのタッチペン、Wiiのリモコンなど、人間と機械を結ぶ部分を工夫することで、新しい遊びが生まれることを発見した。このような技術競争から一歩下がって、全体を俯瞰し、本質を発見する思想を、任天堂の中では「枯れた技術の水平思考」と呼んでいる。この思想は、任天堂がまだ一玩具メーカーにすぎなかった頃に培われたものだ。

「枯れた技術」とは、既に広く普及して使いこなされた技術のこと。「水平思考」とは、物事を違った角度から見る考え方のことで、この場合はこれまでになかった別の使い道を考えるということ。

つまり、ありふれた既存の技術(普及しているがゆえにコストも安く済む)を応用し、まったく新しい使い方をすることによって商品を生み出すという考え方である。

 

 自分が最初にこの言葉を聞いたときは、「『イノベーション』のことかな?」という感想を持ったことを覚えている。直訳の「技術革新」ではなく、原義において大きな分類とされる「製品革新」「工程革新」のあわせ技と考えれば、近しい考え方と言えるのではないかしら。

 ざっくりと一言で書くなら、「最先端ではない安く手に入るもの(枯れた技術)に、新たな付加価値を見出す(水平思考)」考え方。この哲学が完全に合致して成功したのが『ゲーム&ウオッチ』であり、さらには00年代の『DS』『Wii』にも、この考え方は間違いなく活きている。

 

【Q】 国内ゲーム市場の縮小と、開発規模の増大によるコストの高騰。この2つは、日本のゲーム業界の課題として多くの方が挙げています。それを打開するために、Wiiでは、枯れたアーキテクチャを使うことを選択としたと。

【岩田氏】 任天堂にはもともとそうした考え方がありました。ゲームボーイを作った横井(横井軍平氏、任天堂に在籍したゲーム機開発者)が、『枯れた技術の水平思考』という言葉を残しています。枯れた技術を使い、アイデアで勝負するんだと。宮本(宮本茂氏、任天堂専務)も、横井が師匠なのでその考えを受け継いでいます。

 たまたま、こういう時代に、自分が社長という役割になってみたら、社内にそういう伝統があった。それなら、そういう社風の任天堂がその役に行くべきだと。

 

 本書は、こうして現在の任天堂にも脈々と受け継がれている横井さんのものづくり哲学を、彼の生涯と、世に送り出してきた数々の作品とともに紐解いていく内容となっています。

 それこそゲーム機以前、平成っ子たる僕らは知る由もない(でも任天堂のゲーム内で見たことはある)『ウルトラハンド』*2『ラブテスター』*3『光線銃シリーズ』*4などの玩具も含めて。知っているはずもないのにおもしろく、魅力的に感じるのは、横井さんの人柄と筆者の表現力によるものもあるでしょうが、今も昔も「遊び」の本質は変わっていないからなんじゃないかと。読みながら、ふとそんなことを思いました。

 また、本文ではこんなエピソードも。

 

 別のときに、私は横井とこんな話をした。テレビゲームで友人が集まって遊ぶときは、全員がテレビの方に顔を向けてしまっていて、互いの顔を見ることがない、あれはちょっと薄ら寒いものを感じるという話だ。横井は私の顔を見て、「人と会っている、いっしょにいるということは互いの顔を見なくてはいけないよね」と言う。私が「ゲームボーイはそこが素晴らしいんです。対戦するときは、互いが向かい合って、画面と相手の表情を見ながらプレイする。ここがゲームボーイが長く遊ばれる理由だと思うのです」と言うと、横井は満足げにうなずいていた。

 

 自分が昔から任天堂のゲームを好んでプレイしていたのは、まさにこういった体験があったからこそだったので、ここは読んでいて感慨深かった。ゲームってそういうものだよね、と。

 というのも、幼いころから転校が多かった自分にとって、ゲームは数少ない「共通言語」だったのです。全国どこでもすぐに友達ができるコミュニケーションツールであり、その存在によって少なからず救われていたので(関連:平成生まれの僕と「ポケモン」との、20年間のおもいで

 

1-2-Switch
1-2-Switch (ワン・ツー・スイッチ) 紹介映像 - YouTube

 そういった横井さんの考え方―― “ヨコイズム” が、此度の『Nintendo Switch』にも活きているのかな、と。『1-2-Switch』のコンセプトなんてまさしく、上記エピソードにある “互いの顔を見” ながらプレイすることが前提のゲームとなっているわけですし。

 そんなこんなで、自分のなかではいろいろと「ピンとくる」読後感だった本書、『任天堂ノスタルジー 横井軍平とその時代』。ちょっとした “任天堂史” を知ることのできる記録本であり、数々の魅力的な “遊び” を生み出した横井軍平さんの哲学が語られた貴重な文献であり、幅広い層が読んで楽しめる一冊という感想を持ちました。『Switch』発売前の今の時期、きっとあれこれと考えながら読むことができるのではないかしら。

 

安く作らないと売れないというのは、単なるアイディアの不足なんです。だったら日本国内で作っても高く売れるだけのアイディアを考えたらいいじゃないですか。それは決して難しいことをしなくても、実に他愛もないことで実現できるのです。

 

 

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