炎上の参加者は0.5%?過去の事例と対策も学べる『ネット炎上の研究』


 半年ほど前、新たな「ネット炎上」の解説書が出版されるということで、いくつかのサイトで話題になっていた。

 それが本書、タイトルもずばり『ネット炎上の研究』である。

 2人の大学教授による著作だけあって、見るからに学術書っぽい……というか、学術書だった。懐かしの横書きスタイル&図表たっぷり&引用いっぱい。

 とはいえ、その内容は決して難しくなく、一般向けに「ネット炎上」を概説した1冊となっている。一部数式や統計データの扱いに関しては専門的であるものの、「あ、そういう調べ方があるんすね、うっす」くらいの理解で読み進めても問題はないはず。

 本書の内容を一口で言えば、もう10年以上にわたってネットを賑わせてきた「炎上」の概要と仕組みを紐解いた「入門書」であり、2016年現在における最新の「『炎上』解説本」である。

 ネット文化に疎い初心者に勧められるのはもちろんのこと、長年の “ネット民” にとっても、データを用いた調査結果などは新鮮かつ驚きに満ちたものとなっているのではないかしら。

 

日常的に「発信者」としてネットを利用している人へ

 さて、長々と内容を紹介するのもアレなので、本書の想定読者となりそうな人を先にどばーん! と提示しておきたい。ずばり──というか言うまでもなく「ネットユーザー」であることは間違いないのですが、特に「発信者」として日常的にネットを利用している人に勧めたい。

 端的に言って、ブロガーやツイッタラー。あるいは、ニコニコ動画やpixivといったプラットフォームで活動をしているクリエイター。そういった、「普段からネットで何かいろいろやってるよ!」という人に対しては、全力でおすすめできる。あまり断定的に言うのもアレだけど、絶対に参考になる。

 なぜかと言えば、本書が取り扱っているトピックが「ネット炎上」だから、という理由も当然ある。

 日頃からネットを介し、実名・HNで活動をしている人にとって必ずしも無縁とは言い切れない「炎上」という悩みのタネ。いざ自分が巻き込まれたとき、もしくは巻き込まれないようにするため、武器となる知識を書物から得ようとするのは自然な考えだ。

 ただ、一口に「炎上対策」と言っても、今や解説書は数多く出版されている。まず真っ先に引用されるだろう荻上チキさんの『ウェブ炎上』*1をはじめ、中川淳一郎さんの『ウェブはバカと暇人のもの』*2や、本ブログでも取り上げた川上量生さん編『ネットが生んだ文化』*3なども関連書籍として挙げられる。実録の体験談としてはスマイリーキクチさんの『突然、僕は殺人犯にされた』*4が、炎上対策に特化した内容としては清水陽平さんの『サイト別ネット中傷・炎上対応マニュアル』*5に詳しい。

 そういった数々の炎上解説本に対して、本書『ネット炎上の研究』の魅力は、それが「学術書」であるという点にある。それら過去の “炎上論” を参照しつつ、横断的に「ネット炎上」を取り上げ、かつ2016年現在の最新事情を探った内容となっているのだ。

 要するに、本書自体が一篇の論文であり、複数の炎上論を引用しながら新たな言説を導き出している格好。語弊を恐れず言えば、過去研究の「いいとこ取り」をしているため、多種多彩な視点から炎上現象について知る・学ぶことができる。

 もちろん、逆にそれぞれの視点による炎上論の深掘りはできていないため、詳しく知ろうとするのであれば各文献に当たる必要が出てくる。本書はあくまで過去の研究を参照しているに過ぎず、主たる内容はアンケート調査の結果を元にした、炎上現象の定量的分析となっているからだ。

 ゆえに、「あれこれ言われてるけど、炎上ってどんなものなの?」と最初に知るための起点の1冊として本書を利用しつつ、読みながら特に気になった言説に関しては参考文献に当たるように観測範囲を広げていくのが、この『ネット炎上の研究』の読み方・使い方と言えるのではないだろうか。

 巻末には、国内外合わせて数十冊にも及ぶ参考文献がまとめられており、ブックリストとしても使うことができる。2016年現在、数ある「炎上解説本」のなかでまず最初に読む1冊として、本書はかなり良い立ち位置にあるように感じました。悩んだらとりあえず、本書を手に取るべし。

炎上あれこれ、よもやま話

 ──とまあ、読み終えて感じた「おすすめポイント」はそんなところ。

 そのうえで本書の構成をざっくりと概説すると──まず、数多くの参考文献を引用しながら炎上現象について考察を加えたのち、20,000人近くに対して行なったアンケート結果から、どの程度の規模で炎上に加担している人がいるか分析し、その人物像をあぶり出し、ある程度は効果の期待できる対策と、筆者なりの提言を述べてまとめている──という感じ。

 読んでいて印象的だったのが、第2章「炎上の分類・事例・パターン」の部分。過去に起こった炎上を「①誰が」「②何をしたか」「③どういった対応をとったか」という視点で区分したうえで、5つの類型に分けたもの。一覧にして見るとそれなりに傾向が見て取れて、興味深い。

Ⅰ型:反社会的行為や規則に反した行為(の告白・予告)
  • NTTドコモプッシュトーク事件
  • UCC上島珈琲Twitterキャンペーン事件
  • ペヤング虫混入事件
  • グルーポンすかすかおせち事件
  • USJ迷惑行為事件
Ⅱ型:何かを批判する、あるいは暴言を吐く・デリカシーのない発言をする・特定の層を不快にさせるような発言・行為をする
  • ラサール石井炎上事件
  • TSUTAYA不謹慎ツイート事件
  • 倖田來未 羊水が腐る事件
  • 厚労省年金漫画事件
Ⅲ型:自作自演、ステルスマーケティング、捏造の露呈
  • TBS架空掲示板捏造事件
  • 食べログやらせ業者事件
  • SCE PSPステルスマーケティング事件
  • Google急上昇ワードランキング事件
  • ペニーオークションステルスマーケティング事件
Ⅳ型:ファンを刺激(恋愛スキャンダル・特権の利用)
  • 指原莉乃恋愛事件
  • 北乃きい路チュー事件
  • 大沢あかねブログ炎上事件
  • はるかぜちゃん名前勘違い事件
  • 平野綾恋愛事件
Ⅴ型:他者と誤解される
  • 黒田美帆混同炎上事件
  • しぎた博昭混同炎上事件
  • スマイリーキクチ中傷被害事件

 このように類型化したうえで、筆者は次のようにまとめている。

Ⅰ~Ⅴの事例に共通していえるのは、インターネットユーザの間にある規範に反した行為を行っているということである。批判、ステルスマーケティング、ファンを刺激等、法律違反といえないような事象も、インターネットユーザの規範に反していると判断されれば、炎上対象となる。例えばⅡ型の「何かの批判」についても、インターネットユーザへの批判や、保守党への批判は特に炎上しやすい。

(田中辰雄、山口真一『ネット炎上の研究』P.55)

 ここだけ見ると、それこそ川上量生さんの言説にもあったように「炎上はネット原住民とネット新住民の文化的衝突である」とも受け取ることができるが*6、本書ではそれを否定している。そもそも炎上参加者の数は少なく、しかも各々は独立的・独善的に書き込んでいる、全体から見れば例外的な存在に過ぎない──そのように統計が示している、と。

炎上に参加する人はインターネットユーザの0.5%程度である。さらに、攻撃相手の目に見えるところに書き込んで直接攻撃する人となると0.00X%のオーダーのごく少数となる。すなわち、炎上は例外的な人々が起こす現象である。

(同著P.122)

これらの観察をまとめると、炎上で直接攻撃を加える人は、通常の対話型の議論をすることが難しい人であることが予想される。世の中には非常に攻撃的でコミュニケーション能力に難がある人が確かに一部ではあるが存在する。ここから得られる1つの示唆がある。それは炎上を起こす人が一部の特異な人であるなら、それを大きな集団行動として分析することはミスリーディングではないかということである。

(同著P.145)

 本書の後半ではこのように、調査結果を元に「炎上参加者」の性質と対策を探っている。その結果から、炎上に積極的に参加している人について、 “年収が多く、ラジオやソーシャルメディアをよく利用し、掲示板に書き込む、インターネット上でいやな思いをしたことがあり、非難しあっても良いと考えている、若い子持ちの男性” という人物像を挙げているけれど……うーん……なんだか、ピンとくるようでピンとこない。

 もちろん、本書の論説は全体的に納得できるし、これまでほとんどなかった統計的な分析が為されているという点でも参考になることは間違いない。

 ただ、筆者自ら示しているように、「分析に用いたアンケート調査の質問が主観的である」「炎上に参加したことのある旨を回答することの心理的障壁があった可能性」「炎上の多様性を考慮していない」といった問題点が少なくないことも、同時にまた否めないように思う。

 なかでも「この部分は重要なんじゃ……」と個人的に感じたのが、本書の出版当時にも各所で言われており、自分でも気になってコメントしていた、以下のポイント。

 直接的に誹謗中傷や批判的なコメントをしたわけではないが、それをSNS上で他者と共有した人たち。ネット炎上において少なからず──というか大きな一因となっていると考えられる「拡散者」の存在が、全体を通して抜け落ちているように感じた*7

 というのも、たしかに「直に炎上行為に加担している人は0.5%に過ぎない」かもしれないけれど、実際にその火種を燃やし大きくしているのは、その周囲に集まった、必ずしも「観客」とは言い切れない第三者たちであるように思うので。

 たびたび言われていたように、まとめサイトの管理人が自ら2ちゃんねるでスレッドを立て、不特定少数によって書き込まれた批判的なコメントを使って記事を書いたとしても、実際にそれを積極的に拡散する人がいなければ、大きな炎上にはならない。

 なればこそ、「悪質なまとめサイトの記事はSNSで共有しない」という前提、リテラシーが求められなければならない。にも関わらず、それでもなお拡散する人は多く、人気サイトとして上位に君臨し続けている現状がある。それはなぜだろうか。

 おそらく、炎上記事をリツイートするまとめサイト読者の多くは、自分を「炎上参加者」だとは考えていないのでは……?

 そういった意味で、本書で示されていた解決策のひとつである「インターネットリテラシー教育の充実」は、長期的に見れば一定の効果があるのは間違いない。でも、それだけでは足りないようにも見える。炎上を煽るような記事、誹謗中傷の含まれた言説を「拡散」するだけでも、ある意味でそれは「炎上に参加したことになる」という、その視点と意識も重要であるように思う。

 ──と、これ以上は長くなりそうなので、このくらいで。ともあれ、長らく問題視されていながら抜本的な解決策が示されていなかった「ネット炎上」の問題に関して、本書が今後の議論において参照される書物となるのは間違いないように思う。それほど、密度が濃くておもしろかった。

 その解決策のひとつとして提示されている「サロン型SNS」のアイデアが、これまたおもしろい。一見すると「755*8かな? ……いや違う、ニコニコチャンネル*9だ!」などと考えながら読んでいたのだけれど、重要な機能として書かれていた「自然に切れる関係性」という切り口は独特であるように感じた。言われてみれば、過剰な “つながり” こそが何度も「mixi疲れ」のたぐいを引き起こしてきたわけだし、Twitter以上に緩い関係性として「自然に切れる」機能は良いかもしれない。

 そしてもうひとつ気になったのが、付録として最後にまとめられている「炎上リテラシー教育のひな型」。これは、特にブロガー向けの内容であると感じた。高校生向けを想定してはいるものの、発信者として意識しておきたい諸要素が見事にまとめられている。

 例えば、たびたび散見される「炎上しているわけでもないのに『ネガコメはスルー』と断定したことで逆に火がついてしまう問題」についても、「議論の種類」の視点から向き合い方を説明している。自分でうまく言語化できていなかった部分が、きれいに形になっている感じ。すっきり。

 そんなこんなで、『ネット炎上の研究』の感想でした。本文の一部が出版社のサイトで公開されているようなので、気になる方はぜひ試し読みをどうぞ ⇒ 「あとがきたちよみ/『ネット炎上の研究』はじめに - けいそうビブリオフィル

 

関連記事

*1:2007年発売/『ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性』

*2:2009年発売/『ウェブはバカと暇人のもの』

*3:2014年発売/『角川インターネット講座4 ネットが生んだ文化 誰もが表現者の時代』/参考:川上量生監修『ネットが生んだ文化 誰もが表現者の時代』要約まとめ

*4:2011年発売/『突然、僕は殺人犯にされた』

*5:2015年発売/『サイト別ネット中傷・炎上対応マニュアル』

*6:参考:「炎上」は非リアとリア充の衝突?川上量生さんの語る『ネット文化』

*7:本書で問題としているのが根本的な「炎上の火種となる書き込み・人物」であることは明白ですし、それに追従するだけの個人の小さな意見表明・拡散は「自由主義」に則ったものとして文中で容認してはいるので、論旨を絞るためにもあえて問題にしなかったのだとは思います。

*8:2014年リリース。Twitterのブログの中間的立ち位置のアプリ。/新感覚SNS | 755

*9:企業だけでなく個人ユーザーも持つことのできる、マルチコンテンツプラットフォーム。アンチの多い人気実況者のなかには、動画が荒れることを避けて会員限定のコンテンツに注力している人も。/ニコニコチャンネル