ぐるりみち。

平成生まれのフリーライターのブログ。本・映画・マンガ・アニメの各種レビューに、旅行・グルメ・街歩き日記など。

とある議員の活動記録『「表現の自由」の守り方』

 選挙戦もいよいよ佳境。「政治のことはよくわからないし、少し口に出しただけでも怖い人たちが噛みついてくるから……」と普段は無関心であるものの、選挙期間中はそうもいかない。外に出れば選挙カーが走りまわっているし、駅前はどこも街頭演説で賑やかだ。

 でも正直に言って、僕は選挙が嫌いだ。スピーカーによる選挙活動はそういうものだと理解しているし、イヤホンで耳を塞げば済む話ではある。けれど、とても論理的には聞こえない他者への非難や、感情的に罵詈雑言を叫ぶ支持者の声を聞いていると、なんだか気が滅入ってくる。ダルい。

 

 それゆえに、投票先は決まって無難な候補になる。政策や思想信条で選ぶのではなく、「選挙活動を目にして、あるいは耳にして、不快に感じなかった人」という消去法。いちいち個々の政策を比較検討するほどには関心を持てず、そもそも考慮する知識がない。

 結果として、「周囲を貶めず、それでいて(一見すると)真っ当な方針を打ち出し、悪目立ちしていない候補」に投票することになる。批判はあるでしょうが、政治に対する意識の低い自分には、これが限界。結局は自分も、論理的に考えることができない人間なのです。

 

「政治に無関心なオタク」が向かう選挙に、プラスアルファを

 そういった目線で今回の選挙戦を眺めていたところ、自然と1人の候補にたどり着いた。たまたま通りがかった駅前で耳にした街頭演説も、普段から見ているインターネット上の話題も、どちらの面でも自然と自分の観測範囲に入ってきた人。山田太郎議員でござる。

 というか、「コミックマーケットに行くタイプのオタク」にとっては、彼の名前や姿を見ないのは逆に難しいんじゃないかというレベルで存在が認識されているイメージ。

 表現規制が話題になれば、必ずと言っていいほどにTwitterタイムライン上に名前が出てくるし、夏と冬のコミケでは、ほぼ決まって国際展示場駅前で街頭演説している姿を見ることができる。――そもそも、Twitterアカウント名にもあるとおり、サークル参加者でございます。

 政治についてあんぽんたんな自分が、積極的に関心を持てる唯一のポイント、それが、彼の掲げる「表現の自由」。しかも継続的に活動に取り組んでおり、断片的に耳にした情報だけでも実績は充分。己の意思でもって選ぶ投票先として、山田太郎議員は理想的な立ち位置にあったのでした。

 ――とは言え、主にネット上の好意的な情報だけを判断基準として、投票先を選んでもいいのかしら。「オタクは山田議員に投票すべし」という理由に乗っかって投票するのもひとつの流れだとは思うけれど、せっかく興味を持てたのだから、もうちょい突っ込んで考え、学んでみたい。

 そこで今回、手に取ったのが、山田太郎議員その人の著書『「表現の自由」の守り方』です。今年4月に出たばかり、書店で目に入って気になっていたので。

 

表現規制への反対運動と、筋を通すための政治論

 本書は、一口に言えば「議員・山田太郎の表現規制反対運動の経過と実績」を記したものであり、いち政治家の活動記録であります。全6章構成の本文で書かれているのは、児童ポルノ禁止法、TPPと著作権非親告罪化、国連特別報告書、有害図書指定といった「表現規制」に関わる諸問題に対応し、表現の自由を守るべく取り組んできた運動の記録。

 ネット上で断片的に知ってはいたものの、それがどういうものかを知らず結果だけを追いかけていた自分にとっては、まず何よりも「勉強になる」内容でした。ページ数を多めに割いて書かれている「児童ポルノ禁止法」の細部は知らないことだらけだったし、自分なりにチェックしていた「著作権非親告罪化」も「そういう経緯だったのか!」と流れを追う形で読み進めることができ、復習になりました。

 特に印象的だったのが、ネット上でも話題になったこちらの一連の質疑応答。上記ページでもまとめられていますが、質疑のための徹底した準備と、引き際を心得た戦略があまりに鮮やか。外堀を埋め、自分が求める答えを引き出し、目的を達成したら余計な追求は避ける、と。

国会とは、事前に十分な準備と根回しをした上で、答弁者の言質をもらう場だと私は考えています。会社の役員会と同じなのです。役員会は、その場で役員同士がディベートや言論大会をするためではなく、事前に準備や根回しをして、公式の場で物事を確認するためにあります。国会も同様で、そこは議論だけをする場ではない。

大切なのは、相手を論破することではなく、自分の勝ち取りたいものを勝ち取るための戦略です。

 冒頭でも書いたように、自分が「政治」に対して抱いていたイメージと言えば、妥協点を考慮せず、反対論者を貶め、極論を叫んでいる人ばかりの図。それに対して、こうした絶妙なバランスでもって活動している議員さんの姿は、自分の目に新鮮に映りました*1

 本文ではさらに、そういったテレビや街頭では見えない “政治家のお仕事” ぶりや、他の議員さんとの裏でのやり取りも含めて経緯が語られているため、それまで抱いていた「政治」全般に対する印象も一転。自分が悪印象を抱いていた部分が、ある意味で「悪目立ち」していた箇所であったと認識を改めることができました。いろいろ大変なんすね……。

表現の自由を守ろうとする側こそ、根本の問題である性的搾取、性虐待の問題について、まっこうから受け止めて、きちんと対処するべきです。そうした問題がきちんと把握されれば、一体、何が性虐待の本当の原因なのか、アニメやマンガやゲームの影響なのか、ということもわかってくるでしょう。もちろん、性虐待の問題が解決されれば、マンガやアニメやゲームが批判されることもなくなると思います。

 守るべき対象を無視して進める規制などあってはならないし、自分が気に入らないものを全否定するために問題を矮小化してはいけない。ただただ大声で「規制反対!」を叫ぶでなく、付随する問題をも考慮しつつ活動する山田議員の方針は、とても納得のいくものでした。

 もちろん、本来ならば反対派の主張も鑑みて考えるべきなのでしょうが、今回はあくまで “山田太郎著『「表現の自由」の守り方』を読んだ感想” ということで書いておりますゆえ、あしからず。此度の参院選の投票先に関しても、もうちょい考えてみまする。投票行こうず。

 

 

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*1:もちろん、多くの議員さんは党利党略を考慮し、選挙も見据えて動く必要があるため、極端でもわかりやすい主張が必要だという側面もあるのでしょうが。