ぐるりみち。

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「呪い」と「祟り」の違いって?

 

 「呪い」「祟り」という言葉を聞いて、まず何が頭に浮かぶだろうか。藁人形に五寸釘を打ち付ける姿? 醜悪な様相で恨み言を呟く人? 聖なるものを穢し災厄を受ける愚者? ――思い浮かぶのはどれもこれも恐ろしく、負の感情に身をやつした人間の姿ばかりだ。

 私のイメージする「呪い」や「祟り」もまた、そのような人間の暗黒面が流れ出たようなものだった。だがそもそも、「呪い」とは、「祟り」とは、いったい何物なのだろう。両者が意味するところは同じであるようにも感じるが、明確な差異はあるのだろうか。

 

「呪い」と「祟り」の相違点・共通点

 両者は、いずれも人に禍害を及ぼす現象を指す言葉である。しかし調べてみると、いくつかの相違点があるようだ。

 ニュアンスとしては、「呪い」は“人”による人為的な怨恨に基づくものとしての意味合いが強く、「祟り」は“神罰”としての意味が多分に含まれたものだとされている。

 

 まず「呪い」とは、人あるいは霊が、人間に害を与えるべく悪意を持って為す呪術的行為を指すものだ。生きた人間がそれを行使する場合には、呪文や祈祷を用いて、呪術的・宗教的な意味を伴うものとして行うことが多い。

 代表的な方法としては、何らかの代償と引き換えに神や悪魔の力を借りて行うものが挙げられる。また、神話・伝承・物語においては、魔法使いが呪いをかけて、人を人ならざる姿に変えてしまう「呪い」も珍しくない。どちらにせよ共通するのは、それが並々ならぬ「人間の悪意」によって行使されるものである、ということだ。

 

 一方で「祟り」とは、神仏や人の霊魂(怨霊)が人間に与える災い、また、その災いを与える時に働く超自然的な力を指す場合もある。歴史を遡れば、大きな災厄に際しては人が罪を犯したと考えられ、それを償うために神を祀ることで、災いを鎮められるとされていた。

 他方では、強い恨みの感情を持ったまま死んだ人の霊――つまり、怨霊も祟りを引き起こすと考えられていた。こちらも同様に、怨霊と化してしまった彼らを「祟り神」として神社に祀ることによって、祟り・災厄が現世を覆わぬように防いだという話である。

 

 このような違いのある「呪い」と「祟り」だが、共通点として、これら概念が世界中の至る地域に存在しているということも挙げられる。それだけでなく、どの地域においても、神仏や宗教と深い関わりがあるという点でも同様だ。

 このことからわかるのは、遥か昔から続く「人」の「神」に対する畏れ・敬いの普遍性である。土地や文化圏によって細かな違いはあるものの、その感情のベクトルは同じ方向に向かっていると言えるだろう。曰く、「神や仏、生き物や土地を大切にしないと災厄に見舞われる」「教義を守らないと悪いことが起こる」と。この言説には、悪事を働く人間の行動を抑制し、人々を教え導く側面もあったのではないかと考えられる。

 

現象としての「呪い」「祟り」

 「祟り」とは現象である。それが本当に実在するかどうかは別として、私たちがひとたび“そうだ”と認識し、信じた瞬間に事実となってしまうものだ。

 逆に考えれば、この言葉が今日まで残っていることは、これまでの歴史の中で、それを信じてきた者が数多くいたことの証左と言えるだろう。たとえ実体は見えずとも、「祟り」は、確かにそこに存在するのだ。

 

 では、「祟り」はいったいどのような時に外部から認識され、その存在が明らかになるのだろうか。

 

 有名な例として、天神信仰*1の元となった、菅原道真*2の祟りがある。これは、道真が藤原時平の陰謀によって大宰府へ左遷され、失意のうちに没したことに端を発する逸話だ。道真亡き後、都には疫病や日照り、落雷などの災厄が数多く振りかかったため、それを道真の祟りと信じた朝廷が北野天満宮を建立し、彼を祀ったというものである。

 科学的に考えれば、そんなことがあるはずはない、災厄は全て偶然起こったものだ――と一蹴されるところだが、そうはならなかった。なぜならば、朝廷や当時の民衆がそれを「祟り」として認識し、信じきったからだ。大勢の人々によって認識されたことにより、「天災」は「祟り」として後世に語り継がれることとなった。

 

 なぜ彼らは、天災を「道真の祟り」だと信じたのだろうか。

 

 推測するに、朝廷は道真を左遷したことに対して、多少なりとも引け目を感じていたのではないだろうか。そのため、道真の没後に続けざまに起こった災厄を目の当たりにして、「道真が怒っている、自分たちを恨んでいる」などと考えてしまい、それが「祟り」であるという認識が生まれてしまったのではないだろうか。

 そう考えると、「祟り」とは一種の集団心理であるとも言える。朝廷が道真の祟りを疑い、その噂を聞いた民衆がまことしやかに語り、誰もが信じる流れができる。そうして広く一般的に認識されたものが、「祟り」として成就するのだろう。

 つまり、「祟り」という現象が成立するためには、何らかの恐れを抱く者が観測者となって、眼前に現れた災厄を「祟り」であると疑い、認識することが前提となる。認識された悲劇は「祟り」という現象として形を持ち始め、そこに集団心理が加わることによって説得力が増し、誰もが認める「祟り」として確定されるのだ。

 

 ならば、「呪い」に関しても同じことが言えるのではないだろうか。

 

 意識しなければどうということはないが、誰かが自分を呪っていると考え、認識してしまった途端にそれは不安の種となる。「自分は呪われているのだ」という自己暗示にかかるだけでも、人の精神は病んでいく。

 たとえそれが直接的な要因にならなくとも、不安の中で事故や病気に遭ってしまえば、その原因を「呪い」だと結論づけてしまいかねない。“病は気から”とはよく言ったもので、自分を呪っている誰かがいると知った場合でも気にしなければ、何も起こらずとも不思議ではない。

 これらの事例から、「呪い」そして「祟り」とは人の精神が引き起こす、実体のない「思い込み」であるとも言えるのではないだろうか。実在しないものであるにも関わらず、「ある」と信じてしまうことで存在が成り立ってしまう――まさしく、幽霊のような現象である。

 

現代の「呪い」

 以上のような「呪い」と「祟り」は遥か昔から存在するものであり、今でもまことしやかに語られる現象である。

 ところが他方では、近年の「呪い」には、もうひとつの意味が定着しつつある。例えば都市伝説――言い換えれば「ジンクス」を「呪い」と呼ぶものだ。世間的には「不幸の手紙」などが有名だと思われるが、ここでは一例として、クラシック音楽界で囁かれる「第九の呪い」*3を取り上げる。

 

 これは、ベートーヴェンが交響曲第9番を完成させた後、第10番を作ることなく死亡したことに端を発し、後にシューベルト、ドヴォルザーク、マーラーなどの作曲家たちが交響曲第9番を作曲した前後に亡くなっていることから、「呪い」として恐れられるようになった、というものだ。

 中でもマーラーはこの呪いを恐れ、交響曲第8番の後に作った交響曲を交響曲として認めず、別の名前で発表したという逸話がある。しかしその後、結局は交響曲第9番を作曲し、第10番の制作中に亡くなった。

 

 この「第九の呪い」に関しても当然、科学的な証明は不可能であり、ただの偶然と片付けてしまっても異論はないように思われる。一般的に言われている指摘としては、「交響曲を制作するのには莫大な時間と労力を費やすため、作曲家が生涯で作れる交響曲は9曲前後が限界である」という旨の説明が散見された。

 こちらも前出の「呪い」と同じく、根幹にあるのは「偶然」と、人間の「心理」的な問題であると言って差し支えないだろう。それらの要因が重なり、周囲の複数の人間からもそうだと認識され、果ては名前まで付けられたことによって実体化したもの。信じる人間にしか見ることのできない、不確かな現象のひとつに過ぎない。

 

まとめ

 科学の発展した現代においては、多くの人にとって無縁の存在であるように思われる「呪い」と「祟り」。しかし他方では、それでもなお数々の伝承が残り、伝えられ続けているという事実もある。そもそも神を祀り、崇める宗教が世界中に多く存在しているという現状こそが、「呪い」や「祟り」がいまだ在り続けていることの証明と言えるだろう。

 つまり、「呪い」そして「祟り」とは、もはや社会に根差した一種の「文化」である。そんなことは有り得ない、科学的でないと思いつつも、気にせずにはいられない人間の心理。今も昔もそう変わらない、人の心が生み出す諸現象のひとつである。「呪い」も「祟り」も等しく人の所業であり、観測者によってニュアンスの違いなどは確認できるものの、その根幹にあるのは――畢竟、人間であった。

  

 

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