「着物」という“お気に入りの一着”と出会うまで


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 昔から、自分の「服」を気にしてこなかった。子供のころの服装は母親まかせだったし、身だしなみに気を遣いはじめるだろう高校生になってからも、ヒゲや頭髪を整えはすれど私服は残念なくらいに適当だった。ユニクロは正義。週末セールにはお世話になりました。

 その傾向は大学に入ってからも変わらず。友人に誘われて足を運んだアウトレットモールでも、シャツ1枚を買うにも躊躇するレベルだった。――ポロシャツ1枚で、文庫本が10冊以上も買えちゃうじゃないですかー! やだー! じゃあ本買う! ……みたいな。買っても結局、ろくにメンテナンスもしないのですぐにダメにしてしまう感じ。

 

 安くて着回しのできる服であれば、とりあえずは何でもよかった。たまに自分で選んだ服を着て行っても、あまりのセンスのなさをバカにされ、親もその残念っぷりに苦笑し、自分でも諦めきっていた格好。――なら、安くてシンプルなやつでええじゃないか、と。

 外聞に対する配慮がなかった。教養がなかった。「服飾」に対して興味関心が薄いのは今もそうだけれど、それでも社会人になって初めて、ずっと気になっていた服屋さんに勇気を出して踏み込んだ。それ以来、服を着るのが、ちょっとだけ楽しくなった。一応、変化してはいるのかな。

 

「和装」に興味を持ち、一歩踏み出すまで

 ――というわけで、「着物」の話でございます。和洋問わず「服」に関する知識は皆無、機能性とコスパだけを見て服飾に触れてきた自分が唯一、気になっていたのが、「和服」でござった。

 きっかけは多分、中学生男子がなんとなく「和」のイメージ全般にカッコよさを感じるアレだったと思う。安っちい和柄のシャツを買って、数年後に「ぐぬおおおお」と悶絶するような経験もありましたし。龍、花柄、家紋、筆文字に憧れる、あの現象はいったい……。

 

 そういった、少なからずは通る人がいるであろう“なんちゃって和風”を経て、マジもんの「和」のイメージに出会ったのが、高校時代のこと。いわゆる「伝統芸能」でござる。

 そこにあったのは“和風”でない、古くから続く「和」の様相。伝統的な素材に触れ、文化に触れ、自ら実践することでその魅力を知り、それ以外の「和物」にも関心を持つようになった。その結果に行き着いたのが、普段の生活にも日本的な要素を取り入れることのできる「和装」でした。

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 とは言え、着物を身にまとって生活している人など、身近にいようはずもなく。日常的に目にする「和装」と言えば、お坊さんとか、祝い事の席での正装だとか、夏祭りの浴衣姿だとか、大きな駅構内ですれ違う上品なご婦人だとか、そのくらいだったと思います。

 ――そうなんです! それまではびっくりするほどに、「男性の着物姿」を見たことがなかったのです! 花火大会で着てくる友人もちらほらいたけれど、百貨店で買ったお手頃な浴衣・甚平が大半。中にはそれすら粋に着こなしている人もいたけれど……普段使いじゃありませんしね。

 

 そこで便利なのが、インターネット。試しに検索してみると、「男着物」を専門に一から解説、購入方法まで書いているサイトも散見され、いくらかは和装を身近に感じることができた。さらに掲示板を見れば、“着物を着ている男性”層も意外にいらっしゃる様子。

 他方では、2chで関連するスレを読んだような記憶もありますね。「着物が普段着の男だけど質問ある?」みたいな。写真と一緒にその魅力を語っている人も少なくなく、コメントを見ても反応は好意的。その中でたびたび目にした、「着物、着ようぜ!」に感化された一面もあると思う。

 ――よし、まずは自分でも調べてみるべ。

 

解説サイトを流し読み → お店で聞く → 実際に着る

 最初に見たのは、「男のきもの大全」や「着物男子.com」など、男性の着物に関する解説サイト。基本的な知識は網羅されており、ぶっちゃけ、ネットだけでも事足りる気はします。

 ただ、しっかりと説明があるとは言え、知らない単語を覚えながら読むのは疲れるし、なんとなく理解はできても、実物がないとイメージしにくい。――襦袢ってなんぞ? 肌着らしいけど必須なの? セットで仕立てなきゃダメ? 生地の素材の違いがわからん! ……などなど。

 

 

 そんなわけで、ざっくりと解説サイトを流し読みしたら、その勢いで専門店にまで行ってきました。思い立ったがなんとやら。ノリって大切。

 いくつかのお店に足を運び、ビクビクしながら入店して「着物に興味があって……」と話してみると、いずれの店員さんも懇切丁寧に対応くださったのでびっくり。和装と言えば敷居が高く、「着物文化を知らねえ人はお断り!」というイメージもあったのだけど、生地の選び方や手入れの方法など、こちらの質問にも朗らかに答えてくださいました。ありがたやありがたや。

 それだけ丁寧に対応していただいて申し訳ないのですが、さすがにその場で即決する度胸はなかった自分。お値段もお値段ですし、やはりあれこれ試したうえで、じっくり選びたかったので、一時退散でござる。すみません。

 そこで最初に利用したのが、先ほどの解説サイトでもおすすめされていた「ネット通販」でござる。しっかりした作りの着物と羽織がセットで10,000円しない、“お試し”にはぴったりの商品。ポリエステル製のため、こだわる人からすれば「ちょっと……」という意見もあるようですが。

 まずはこちらを購入して「着物」のイメージを掴むべく、実際に着て生活してみた格好。実物を手にしたことでしっくりきた一面もあり、解説サイトを読み返すことで新しい気づきがあったりもしました。着付けについても、動画を参考にしつつ自分でやってみる感じ。楽しい。

 

はじめての、お着物

 既成品で「着物」に慣れてきたところで、以前おじゃまさせていただいた専門店に再訪し、いざ「仕立て」のご相談。自分が欲しい着物を着る場面(=普段着として)、どの季節に合わせるか(=オールシーズン可)、予算ほかを伝えて、店主さんと一緒に生地選び。

 お店にもよるとは思いますが、たいていの場合はあらかじめ予算を伝えておけば、変に高いものを買わされるようなことはないかと思います。初めてということなら、「とりあえずこれくらいで……」と伝えれば見繕ってくださるはず。スーツを買いに行くようなイメージで。

 

 自分のときは、メインとなる長着、中に着る襦袢、夏用の羽織に、帯、足袋、雪駄をひととおりそろえて、ちょうど10万円くらい。それまで洋服の買い物で5桁を出すことなく、適当なもので済ませていた人間が、急にこれですよ。勢いってこわい。あと、初ボーナスってすごい。

 最初は周囲の目も気になっていましたが、慣れてくるとむしろ「被害妄想だったんじゃね?」と思わされるくらい。雑踏で他人の服装なんてあまり気にかけちゃいないし、最近は着物姿の男性も少なくない。見かけたとしても、「あ、着物だ」くらいにしか思わないんじゃないかしら。

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 周囲云々と言うより、「自分が楽しい」という心境の変化が一番大きかったようにも思います。その日の天気と行動予定だけを考慮してルーチン的に決めていた“服装”が、「自分で調べて、選んで、買って、好んで着ている服」になるだけで、急にルンルン気分に。歩くだけで楽しい。

 楽しくなれば、自然と関心の範囲も広がるもの。着物に合わせる被り物や履き物、さらには中にパーカーを着るなどのアレンジもやってみたりして、いろいろ試してみるのもおもしろい。着物だとなぜだか、周囲で「それはおかしい」と突っ込んでくる人もいなくなるので。

 

 そういった経緯を辿りに辿ってきて、ようやっと「服」全般に対する興味がわいてきたのが、今現在の話です。着物文化の変遷もそうだし、「そもそも『服』ってなんぞ?」というところまで疑問に思えるようになってきた。とりま、図書館行くべ。

 言うなれば、自分にとって「着物」とは、初めて心から欲しいと思えた衣服であり、お気に入りの一着であり、「衣服」そのものへの関心も喚起してくれた存在。今はまだ複数の着物を持つのは難しいけれど、あれこれと組み合わせを試してみるのはおもしろいし、勉強してみたいと思える。

 

 何はともあれ、好きなものを着るのが一番……ですよね?

 

 

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