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ぐるりみち。

日々日々、めぐって、遠まわり。

インターネット上の「肩書き」の意味と「ブロガー」の定義

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 どうも、インターネット大好きマンです(それっぽい肩書きを名乗ってみるテスト)

 

 先日、都内某所で開催されたブロガー向けのイベントにて。主催者さんが「『ブロガー』をやめて、『メディアクリエイター』と名乗ることにする!」と宣言し、それをブログ上でも書いたことで話題になりました。略して “メディック” ですね! えいせいへー!

 僕自身、こちらのイベントに参加していたこともあり、隅っこでほむほむと頷き聞きつつも、どうしても脳裏に浮かんでしまうのは、某 “ハイパー” な人*1。一部では胡散臭い印象も持たれていることから、「イメージ的にどうなんじゃろ……」と思いもしましたが、自称する肩書きなんてその人の自由ですしおすし。別に批判する理由もなく、イベント自体も楽しませていただいた格好です。お疲れさまでした! 次もあったら行きます! たぶん!!

 しかし一方では、このネット上での「肩書き」あるいは「ブロガー」という言葉に関しては、自分なりに思うことがあるのも事実。とりあえず、思い浮かんだことをつらつらとまとめてみます。

 

何者でもない“だれかさん”たちが集まるインターネット

 ブログよりも広い「インターネット」という枠で見たときに、その特徴として挙げられるもののひとつに「匿名性」の存在がある。2ちゃんねるの “名無しさん” をはじめとして、個人名を挙げず、どっかの誰かとして意見を書き込み、他のユーザーと交流ができること。

 そこにいるのは、リアルでの年齢・性別・職業といった要素は排除された、不特定多数の “だれかさん” たち。そんな彼らの声は、時にメディアや企業を動かし、時にそれ自体がコンテンツとして発売されるなど、決してネットだけで完結しないカルチャーとしても積み重ねられてきた。

 

 SNS隆盛の現在においても、その文脈は大きく変わっていないように思う。個々のサービス上での「仮名」――ハンドルネームによって個体認識は可能になったものの、本人が語らないかぎり、その人の “リアル” の姿は見えてこない。HNとアイコンで認識し、される文化圏がそこにはある。

 あまた存在する「ブログ」のコミュニティでも、それは同様だ。最近はビジネス用途で実名&顔写真を明らかにする人が増えてきてはいるものの、それもまだ少数派。多くの人は名前を隠し、個人特定ができない範囲での情報発信・交流活動を楽しんでいるように見える。

 

 それが、僕が目にしてきたインターネットの世界。実生活での肩書きは排除し、「✝舞い降りし最強の魔竜✝」「魔女主婦☆かぉちゃん」といった自分のハンドルネームに仮の人格を与えて、そこから広がっていく世界は、心躍るもの。

 暴力的でどうしようもないと思われている匿名掲示板のカルチャーですら、その根っこにあるのは、「おもしろいかどうか」だったのではないかしら。嫌儲文化が根強い一方で、書籍化やメディア出演といった “御運が開け” る話を歓迎する声も少なくはなかったはず。夢が広がりんぐ。

 要するに、元来のインターネットの匿名文化圏においては、「肩書き」の重要性は限りなく小さかったのではないかと。専門知識を提供したり、リアルでの職業と紐付けた情報発信活動をしないかぎり、「どこの誰である」という人物背景の提示は絶対条件ではなかったように思う。

 

一要素として他称される「ブロガー」

 そんなインターネット上の肩書きのひとつである「ブロガー」は、もともと「ブログを書いている人」くらいの意味でしかなかったんじゃないだろうか。語弊を恐れず言えば、2010年前後、この言葉に「ブログでお金を稼いでいる人」的な意味が付与されたようにも思う。

 例えば、2006年の記事では「ブロガー」を6つのタイプに分けているが、その分類基準として「お金稼ぎ」「副業」といった旨の記述はない(“アフィリエイト”への言及はある)。ただ「アルファブロガー」が71万人いるという結果になっているあたり、よくわからない調査である気もするけれど。

 同じく2006年、ライターの松谷創一郎さんによるブログ論。こちらでは、ブログ運営主の志向性が「発信志向」と「コミュニケーション志向」に大別できるとして、それぞれの特徴を説明しています。当然、そこに「お金」の話はない*2カトゆー家断絶が後者に分類されているのがおもしろいですね。

 さすがに過去のブログをいくつも参照するのは骨が折れるのでやりませんが、個人的な印象として、00年代後半までは「ブロガー」を “自称” する人はあまりいなかったんじゃないかと思う。自己紹介欄に書く文言と言えば、「ブログで○○を書いてます☆」くらいだったんじゃなかろうか。

 「ブロガー」という言葉が使われる場面としては、ブログ論壇・ブログ界隈を語るとき。もしくは、ブログ管理人がメディアに登場するとき。 あるいは、アルファブロガー・アワード」などの称号として。どこかの “ブログをやっている人” を端的に示すための、 “他称” としての役回りが大きかったように思うのだけれど……どうでしょう。どちらかと言えば、「管理人」的な言いまわしがまだ残っていた感じ?

 

自称する「ブロガー」のダサさ?

 ――ところで、そもそも「ブロガー」とはなんぞや。その言葉にいろいろと、万感の思いを込めて「BLOGAAAAAAAA!」なんて叫んでいる方もいらっしゃるかもしれませんが、基本的には「ブログをやっている人」以外の何者でもないというのが共通認識かなのではないかしら。

 

 言うなれば、「25歳、会社員です」くらいの自己紹介でしかないように見える。「ブログ」というツールを使っていることしか伝わらず、具体的な話はようとして知れず。「営業職」「理学部生」といった要素まで伝えてやっと話題が広がるように、「ブロガー」だけでは何も伝わらない。

 つまり、「ブロガー」は肩書きのひとつとしてあまりに不明瞭すぎて、ダサい・カッコいい以前の問題であるように感じる。辞書で見る「肩書き」の説明の言うところの、 “職業” でもなく、 “役職” でもなく、 “地位” も “称号” も示すものではない*3。「私、ツイッタラーです!」くらいの感じ?

 

 じゃあ、どうして “自称” としての「ブロガー」が広まったのかと考えると、やっぱり「プロブロガー」の存在が大きいんじゃないかなーと自分としては考えております。「ブログで稼ぐ!」系の本が複数出版され、ノマドワークが流行していた2012年頃が転機?

 ちょうどその頃、自分はソーシャルメディア云々の卒論を書き上げるべくネット関連の本を読みあさり終えた時期だったけれど、「セルフブランディングで副収入ガッポガッポ!」的な本も少なからずあったと記憶している。あと、イケダハヤトさんが「プロ」を名乗ったのも2012年ですね。 

 

 そういった先人の影響を受け、「じゃあ私も稼いでみよう!」という層が入ってきたところ、とりあえずの暫定的な名乗りとして「ブロガー」をプロフィール欄に書いてみたという人も少なからずいるんじゃないかなーと。あるいは「YouTuber」のブログ版として、の意味もあるのかも。

 ――というのも、あくまで僕個人の印象論に過ぎませんが。あとはそういった「ブログで稼げる!」の土壌を作った存在として、2chまとめブログの影響力も意外にありそう。前述のアルファブロガー・アワードを見ると、2009年のそうそうたるメンバーっぷりがすごい。

 

自分の「スタイル」でブログを楽しみ、外へ向けて「属性」を明らかにする

 ここまでの内容をざっくりとまとめると、「そもそもネット上では『肩書き』なんて一要素でしかないし、『ブロガー』を名乗ることにもあまり意味はないんじゃね?」というお話。言い換えれば、肩書きなんざなくても無名の個人が評価されうるのが、ネットの素敵でおもしろいポイント

 そう、変に肩書きを貼ってイメージを固定してしまうよりは、せっかくブログをやっているのだから、そのコンテンツ内容で自分を売っていけばいいのに……と考えていたところ、冒頭のイベントの主催者陣のひとりである狭間さんが、ちょうどそのような記事を書いておられました。

ブログなんてただのツールなので、その目的は書き手によって絶対に異なります。

だから、はてなブログだからこんなブログを書かなきゃとか、アメーバだからこうだとかWordPressだからあーだこーだって決め付ける必要はないんじゃないかなと。

大事なのはそんな枠に縛られるんじゃなく、

自分はどんな記事を書くと楽しいと感じるのか?どんな時にワクワクを感じることができるのか?っていう「自分のスタイル」をしっかり認識して、それを大切にすることなんじゃないかな。

あなたのブログには「自分のスタイル」があるか。 - junpeihazama

 

 毎度のようにブログ論が盛り上がるのって、それが実際のところは単なるツールでしかないと同時に、良くも悪くも「誰もが自分の好きな目的のために自由に表現できる」媒体だからなんじゃないかと思う。

 だからこそ、ネットに蔓延る方法論を必要以上に盲信してしまうのはもったいなく思えるし、せっかくの試行錯誤できる楽しみを自ら捨ててしまっているようにも映る。……もちろん、内容も交流もどうでもよく、単に稼ぎたいだけならそれもいらないのかもしれないけれど。

 

 我が身を顧みれば、ブログを始めてはや3年。十年選手も当たり前にごろごろしているブログ界隈からすればまだまだぺーぺーな自分ではありますが、基本的には「好き勝手」というスタイルを守りつつも、時にはマネタイズを狙った記事を書くこともある。

 でもやっぱり、一番楽しいのは自分の欲求に従ってあれこれ書いているときなんですよね。この記事もそこそこ長くなっているんじゃないかと思うけれど、考えるまま、手が動くままに文字を連ねていく作業は、相も変わらず超楽しい。早く脳髄を電脳と直結させたい。

 実際、過去にブログを経由してもらえたお仕事やお誘いを思い返してみても、そのきっかけとなったのは十中八九が「好き勝手」に書いた記事。あまりに自分本位すぎて読まれなかった文章でも、それを読んでくれた一人が連絡をくれることもあって、それがすごく嬉しいのです。

 

 また、上の記事では「スタイル」という表現で説明されていますが、自分の中ではもうひとつ、「属性」という考え方があります。曖昧な肩書きを自称するのではなく、自分の経験や趣味嗜好を示す「性質」を端的に説明すること。割と基本的なことですが。

 具体的には、「読書好き」とか「鉄道ファン」とか「ゆとり世代」とか……要するに、アレだ。Twitterの自己紹介欄なんかでもたびたび羅列されている、自分の “要素” をブログ上で示す形。プロフィールに記載して終わり、ではなく、継続的に同じ属性・テーマのコンテンツを外に向かって発信し続けることで、何らかの出会いや仕事につながるかもしれない。「この人はこういう人だ!」とわかる成果物を、自分のブログでまとめておく感じですね。

 

 そういった意味では、冒頭の「メディアクリエイター」という肩書きも、自分の目的を果たすための手段として名乗るのはありだと思うんですよね。それが自分の特徴と合致するのであれば。継続的に “メディアクリエイト” な記事を投稿できるのならば。目指すべき目標の、実行宣言として。

 何はともあれ、「『肩書き』なんて曖昧なものにこだわる必要もないんじゃね?」というのが自分の意見でござる。過去にも「 “社会人らしく” ってなんだよ!」みたいな記事をたびたび書いてきましたが、相手に伝わらない言葉・肩書きを使うのは避けたいところ。自分の将来の目標と、現状との乖離が大きすぎない“名乗り”を意識しつつ、自身が「おもしろい!」「大好きだ!」と全力で語れるものを発信し続けられたら、それだけで幸せ。

 

 ――というわけで、ブログやろうぜ!!

 

 

関連記事

*1:高城剛 - Wikipedia

*2:むしろ“金にはなってないけどね!”との話。

*3:かたがき【肩書(き)】の意味 - 国語辞書 - goo辞書