ぐるりみち。

平成生まれのフリーライターのブログ。本・映画・マンガ・アニメの各種レビューに、旅行・グルメ・街歩き日記など。

【寄稿】影響を受けた本を他人に知られることは「弱みを握られること」だと思っていた

ボクには、「ぐるりみち。」さんと出会い、考えを改めたことがある。

それは、「影響を受けた本を晒すことは悪いことではない」ということだ。

 

 

ボクはこの記事から、影響を受けた本、本当に好きな本をネットに晒すことの勇気をもらった。

今回の寄稿では、そんなお話をさせていただこうと思う。

 

自分を構成する本を知られたくない

ボクも自分のブログ内で、読んだ本の記録を残している。

しかし、本当に影響を受けた本については、意図的に書かないようにしていた。

 

理由はいくつかある。

例えば、何度も読み返すので、ブログで記録する意味がないこと。

あるいは、一字一句を見逃すことができず、抜粋が難しいということ。

 

しかし、一番の理由はハッキリしている。

 

「ボクという人間がその本の影響によって大きく構成されている」こと。

それを、他者に知られることを恥じていたのだ。

 

本による影響力は大きい。

1冊の本との出会いが、その人の生き方を大きく変えることだってある。

 

ボク自身にも、パソコンでいうOS(基本ソフトウェア)のような本がある。

それは、ボクの行動や考え方の指標となっている。

 

間違いなく、ボクの生き方を大きく変えた存在だと断言できる。

 

しかし、それを声を大にして主張したくはなかった。

理由は、ふたつある。

 

信者だと思われるのが苦痛

第一に、影響を受けた本の筆者の「信者」であると思われたくなかった。

 

――影響を受けているのだから、間違いなく信者だッ! 間違いないッ!

たとえ信者とまではいかなくとも、ファンの1人とはなるだろう。

しかし、「ファン」や「信者」などと一概に括られることに対して、どうしても抵抗があったのだ。

 

例えば、少し前に流行った、公認会計士の勝間和代さんに憧れる「カツマー」。

もしくは、アニメの分野になるが、「ラブライバー」などの括られ方だ。

 

ものすごくちっぽけなプライドだとは、ボクも承知している。

しかしこの手の、後ろに“(笑)”が付けられそうな括られ方に、我慢できなかったのだ。

 

――白状すれば、ただの同属嫌悪だ。実際にボクも、“(笑)”を付けて彼らを呼んでいた。

しかし、そんなレッテルをいざ自分にも貼られ、同じように括られることには苦痛を感じていたのだ。

 

自分の考えの基礎部分を明らかにしたくない

第二の理由は、自分の考えではなく、本の請け売りだということを知られたくなかった。

 

前述のとおり、本はその人を構成する一要素。

何かを考えたり、意見したりするときの基準となる。

 

そんなときに、自分の考えを「あの本の請け売りじゃん」と見透かされることを、何よりも恐れていた。

 

自分の考えの基礎部分を知られる。

 

ブロガーとして情報を発信する際、それを知られることは、弱点となるのではないかと感じていたのだ。

 

本で自分を表現し自分を知ってもらう

しかし、「本で自分を表現する」という企画を知り、その考え方が変わった。

 

けいろーさんの、「自分の本棚の本を並べてみると、それこそどこか「自己紹介」じみた一覧となっている」という意見に強く共感したのだ。

――なるほどッ! 確かに、本を使うことで自己紹介ができそうだッ!

 

そして実際に、ボクも影響を受けた本を厳選し並べてみたのだ。

まったくもってまとまりのないラインナップ……。

しかし、確かにボクという人間の輪郭が見えてくるような気がする。

 

そして、気付いたのだ。

1冊の本だけを見れば、偏った考えをしそうな信者っぽさがでてしまうが、10冊をひとつの塊として見てみると、その人らしい個性が出るのだと。

 

それは簡単に括れるようなものではなく、多くの情報源によって、その人の基礎となる部分が構成されていることがうかがえるものになっている。

決して、単純なモノサシで測れるようなものではないと感じたのだ。

 

むしろこれは、ブロガーとして、読者に「自分」を知ってもらえるチャンス。

 

そう思えてきたのだ。

 

あるブログの運営者がどんな人であるかというのは、読者も気になるところだと思う。

どんなことに興味があり、どんなことに影響を受けてブログを書いているのか。

リアルを晒しすぎないネットリテラシーは必要だが、筆者であるブロガーの輪郭が全く見えないと、読者もついてこれないのではないかと感じたのだ。

 

その際、自分を知ってもらうため、影響を受けた本を晒すことは自分を知ってもらう絶好の機会であり、有効な手段なのではないかと思ったのだ。

 

「信者」と括られようと、「請け売り乙」と思われようとも関係ない。

それは、1冊の本だけを見られて端的に判断されただけのこと。

 

その1冊がボクの生き方を大きく変えたとしても、

実際には、ボクという人間はもっと多くの本によって構成されている。

 

影響を受けた本を知られることは、決して弱点とはならない。

それどころか、自分を知ってもらう強みとなるのではないかと感じたのだ。

 

本当に好きな本、影響を受けた本を晒すことで、あなたという人間を知ってもらう。

それは、あなたという人間の輪郭を身近に感じることのできる、有意義なものなのではないかと、今では感じている。

 

ボクは、影響を受けた本を晒すという勇気のきっかけを、「ぐるりみち。」さんからいただくことができた。

自分の中でひとつの変化を起こしてくれた「ぐるりみち。」さんには、感謝しております。

 

ちなみに、見事に乗り遅れましたが、ボクも本棚の10冊で自分を表現してみました。

よろしければ、ボクという人間を知ってもらえれば幸いです。

 

 

それでは、貴重な機会をいただき、ありがとうございました。

 


 

この記事は、うしろゆびさんからご寄稿いただきました。

寄稿について このブログでは、寄稿記事を募集しております。
詳しくはこちら → 寄稿記事の募集要項について