ぐるりみち。

日々日々、めぐって、遠まわり。

【寄稿】ともだちのつくりかた(うっかりのすすめ)

「ぐるりみち。」日々うっすらと、咀嚼させていただいております。

このような形でつながりを持たせていただけることは、なんだかすこし昔に流行した「mi○i」のような時代感覚を思い出します。

 

さて、本日は「ともだちの作りかた(うっかりのすすめ)」をしたためてまいりますので、しばしお付き合いいただけましたら幸いです。

これまでブログの文化にさほど触れてきていないわたしにとって、この寄稿という形はとってもマイノリティで、わくわくします。

同時に、これは今回のテーマ「ともだちの作りかた」の手段のひとつとも言えるでしょう。

わたしはいま、そこそこに気分がよく、そのためすこしだけうっかりしています。

 

「おとなになったら、ともだちを作るのがむずかしくなってしまうから、いまのうちにしっかりと、ともだちを作っておきなさい。」

小学生のころ、先生が口にしていた言葉を思い出します。

 

どうしておとなになると、ともだち作りがむずかしいの?

それは、おとなはたくさんの物事を知っているからです。

時間の経過とともにさまざまな経験を積んでいるおとなは、たくさんの物事を知っています。

経験則をもとに、自分自身にとってより良い道を選ぶべく、言動の結果を予測した計算をするようになります。

そのため物事が複雑になり、「ともだち作り」がむずかしくなってしまうのです。

 

おとなのともだち作りには、一般的に汚いことであると言われがちな「損得勘定」が絡んできますね。

計算をすることや、損得勘定で言動を選ぶことって、実はそんなに汚いことではないはずなのだけど、そのような風潮があることは確かです。

知りすぎたゆえに、ちょっとしたミスからの失脚を防ぎたいという防衛本能がはたらき、それによって自分以外のなにかを信じることが怖くなります。

おとなであるほどに、経験があるほどに、そして知識量が多いほどに、なにかを信じることが怖くなってしまうのです。

 

ともだちの作りかた・その1「本棚を見せあおう」

本棚はその人についてのことを、さまざまな角度から映し出します。

これまでのことと、これからのこと。

過去から現在まで大切にしてきたことと、未来への願望として温めていること。

本棚を見ることで、その人の本質を探るためのヒントを掴むことができるかもしれません。

 

もしあなたに、とっても仲良くなりたいと思っている人がいるのなら、なんちゃらかんちゃらと理由をつけて、うっかりとおうちにお邪魔してみましょう。

そして相手がうっかりしたすきにこっそりと、そしてちらちらと、本棚を観察してみましょう。

日々の会話からは拾い出せないことが、本棚から分かるかもしれません。

 

また、あなたの本棚を見てもらうことで共通点が見つかれば、とてもラッキーですね。

それはふたりの距離を縮めるための、大きなきっかけになります。

 

ともだちの作りかた・その2「心のおもらしをしよう」

おとなという生き物は、基本的にATフィールドを張りがちなところがあります。

(ATフィールドってなあに?というおともだちへ。ATフィールドは「心の壁」のことをさしているよ。)

ATフィールドを取っぱらってしまえば、楽になることは分かっていても、一度張ってしまったものは自分でもそう簡単に解除することはできません。

自分で張ったものなのに、自分で解除できないなんて、なんとも人間の精神構造の不条理さを感じますね。

 

それはさておき。

そんな時には、どうしたらいいのでしょうか?

まずは自分自身のATフィールドを取っぱらう姿勢を取るよう、試みてみましょう。

ATフィールドを取っぱらうということは、すなわち「油断する」ひいては「うっかりする」ということです。

 

ATフィールドを取っぱらうための手軽な方法として、まず「お酒を飲んで酔っぱらってみる」ということがあげられます。

とっても仲良くなりたいと思っている人がいるのなら、その人の前で酔っぱらってみましょう。

うっかりしたままのあなたがお話をする中で、相手の理解を得られたり、共感してもらえるところがあれば、もうけものです。

もしもその人といっしょに酔っぱらうことができたなら、なおいいですね。

 

(「心のおもらし」という言い回しは、お笑いコンビ「流れ星」のコントの一節から拝借しています。)

 

おとなのやりかたで、ともだちを作ろう。

おとなになると、ともだちが作りにくくなるのは、残念ながら本当のことです。

それは経験を積み、物事を知るほどに、信じる能力と反比例して警戒心が育つためです。

例えば、もしも誰かから信頼を得ることができたとしても、その信頼自体を信じられなくなってしまうこともあります。

 

きれ者と呼ばれる人ほど、その警戒心は強固になる傾向が見られると思いませんか?

もしもあなたに仲良くなりたいと思う人がいるのなら、その「仲良くなる」という目的に近づくべく、おとなならではのやり方を考えてみましょう。

 

非の打ちどころがないおとなが、必ずしも正義であるとは限りません。

同時に、見栄を張ったり、いつでも警戒心を張りめぐらしながら生きることが、悪いことだというわけでもありません。

だけど、時にはすこしだけうっかりすることで、あなたの世界が広がりを持つこともあります。

そう考えると、時にはうっかりすることも、そう悪いことではないような気がしてきませんか?

 


 

この記事は、カサイユウさんからご寄稿いただきました。

寄稿について このブログでは、寄稿記事を募集しております。
詳しくはこちら → 寄稿記事の募集要項について