ぐるりみち。

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『新釈 走れメロス』友との約束を守“らない”ために走る、現代版メロス

 

 バカバカしい。――だが、それが良い。本書は、森見登美彦さんの “新釈” によって蘇った、近代日本文学作品の短編集です。

 書名にある『走れメロス』をはじめとして、国語の教科書でおなじみの『山月記』などの有名作品を今日的に書き換えた内容となっています。もちろん、おなじみの “森見節” も全開。思っていた以上に笑えたし、森見さんの作品を読んだことのない人にもおすすめです。

 

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親友との約束を守“らない”ため、京の街を疾走する阿呆学生

 芽野史郎は激怒した。必ずかの邪知暴虐の長官を凹ませねばならぬと決意した。

 芽野はいわゆる阿呆学生である。汚い下宿で惰眠をむさぼり、落第を重ねて暮らしてきた。しかし厄介なことに、邪悪に対しては人一倍敏感であった。

 

 ――うむ。まっこと、厄介である。

 

 正義感に溢れる青年だからと言って、平時の人柄と行動までもが高潔だとは限らない。人生とは須くモラトリアム。必するべきは我が身の生活の安寧と退屈凌ぎであり、「正義感」とは日々の内々に去来する思考あるいは嗜好のひとつでしかあるまい。

 人間万事塞翁が馬。移ろいゆく己が心のままに行動することに何ら躊躇う必要はなく、時々の情念と所行が変わろうが構うものか。文句を吐き捨てるなら好きにせよ――という気概が昨今の若者には足りぬ! ――と誰かが言っているわけではないけれど、そのくらい、本作に登場する “メロス” は、自由闊達であった。

 

芽野は邪悪に対して人一倍敏感であったが、また飽きるのも人一倍早かったのである。

 

 思わず「ふざけんじゃねえ!」と笑いながらツッコみたくなる場面が多いものの、元ネタである『走れメロス』のテーマと展開を踏襲しつつ、その物語の行方はようとして知れないのも、魅力のひとつ。

 「俺の親友が、そう簡単に約束を守ると思うなよ」と悠然と語る “現代版セリヌンティウス” はかっこよくも映るけれど、その “身代わり” として課せられるのは、学園祭のフィナーレに「楽団が甘く奏でる『美しき青きドナウ』に合わせてブリーフ一丁で踊る」という目も当てられない罰ゲームであるという阿呆っぷり。……やべえ! ただのアホだ!

 そのオチは、どこぞの “YATTA” 集団とタメを張ろうかという酷いものではあるものの……なるほど、たしかにそこにも「友情」はあった。驚くほどに阿呆ばかりだが、友と通じ、信じ合う心を描いた美しい作品である……いや、どうだろう。イイハナシカナー?

 

深く考えず、「物語」を楽しもう

 さてさて、本書『新釈 走れメロス 他四篇』において、森見登美彦さんの “新釈” によって描かれるのは、以下の5つの文学作品でございます。

 

  • 中島敦『山月記』
  • 芥川龍之介『藪の中』
  • 太宰治『走れメロス』
  • 坂口安吾『桜の森の満開の下』
  • 森鴎外『百物語』

 

 読み始めた当初は、てっきりそれぞれの物語は「京都」という舞台を同じくする別物であり、元ネタの文学作品に敬意を払いつつ著者独自の切り口でもって語られただけなのかと考えていたら……しっかりと、「森見登美彦作品」として統一感があって驚いた。

 5つの短編に、別々のキャラクター*1。過去の森見作品を想起させる「詭弁論部」「パンツ番長戦」「天狗」といった単語も登場し、物語にも関わってくるのですが、最終的に『百物語』で全員登場。なんとなく過去作の展開を思いこさせる構図でもあり、間違いなく「森見さんの書いた物語」なんだな、とおもしろく読むことができました。

 

 また、そういった構造も鑑みて、元ネタを知っている人が「比較」の楽しみを持って読むことができるのはもちろん、読んだことがない人でもまったく問題なく楽しめる内容となっている点も流石です。

 実際、『山月記』『走れメロス』は教科書で読んだことがあるけれど、ほかは名前くらいしか聞いたことがない……という人がいてもおかしくないでしょうし。逆に、本作に触れることで「原作を読んでみよう!」となってもおかしくはないはず。というか、僕はその流れで元ネタも読みました。

 

 前述のようにパロディ色満載で、「これ多分、著者もノリノリで書いてたんじゃね?」と思えてしまう『走れメロス』がある一方、ただただ淡々と経過していく『桜の森の満開の下』などもあり、全ての物語に別の味わいを楽しめる。個人的に『桜の〜』は、最後の余韻がたまらなかったです。

 他方では、元ネタがどうだとか過去の森見作品がどうだとか、余計なことは考えずに一気に読み切る楽しさもあると言って間違いなし。『走れメロス』だけでも知っていれば「比較」を味わうことはできるし、 著者の本を初めて読む人にもおすすめできそうです。

 

 兎にも角にも、深く考えることはないのです。
 ――畢竟、面白きことは良きことなり!

 

 

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*1:唯一、“斉藤秀太郎”は通して登場しているようですが。