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ぐるりみち。

日々日々、めぐって、遠まわり。

遠藤周作が語る文章論『十頁だけ読んでごらんなさい(略)』

 

 珍しく、“表紙買い”した本でござる。特に目的もなく書店の中をぶらぶらと歩いている中、この独特のタイトルが目に留まり、思わず手に取ってしまった一冊。

 思わず「ラノベかな?」とツッコみたくなった書名ではあるものの、「10ページだけなら読んでみようか……」とその場でパラパラと捲ってしまう消費者心理。……おもろいやん。というか、遠藤周作先生じゃないですか! こりゃあ読まねばなるまいということで、レジへダッシュした覚えがあります。

 ――で、しばらく(2年間)我が家の本棚で眠っていたのですが、先日ふと本書の存在を思い出し、ようやっと読了にこぎつけたのでございました。“十頁だけ”との文句だったけれど、あっちゅうまに最後まで辿りつけた。全体でも160ページほどと、さっくりと読むには良い文量です。

 

 

現代にも通用する、人生を変える“一寸したこと”

 十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。 

 

 さて、本文もこの一行から始まる本書序文、“十頁”の中で何が語られているのか――は、ぜひ書店で手に取って読んでいただきたい部分ではあるのですが(Kindle版の無料サンプルでも、9ページまでは読むことができるよ!)

 一口に言うならば、“「一寸した行為」を意識するだけでも、人生は変わりますよ”という指摘であり、提案。具体的には「手紙」の有用性を例示し、続く第1講で、「筆不精をなおすための考え方」につなげている格好です。――わかるわ。今だって、メールの返信はめんどいよね。

 

 要するに、本書は「手紙の書き方」を紐解いたハウツー本でございます。

 

 全部で12に及ぶ各章で語られる内容を見ても、「真心を伝える書き出しの一寸したこと」「返事を書く時に大切な一寸したこと」「病人への手紙で大切な一寸したこと」など、場面別に必要となる「手紙」を書くにあたっての考え方を示しております。

 「いやいや、手紙なんてそんな前時代的な」と思われる人もいるかもしれません。その気持ちもわかる。そもそもこの本が書かれたのは、なんと55年前。本文を読んでいても、特に男女の恋愛観などは「すげえ昭和だ!」(悪口ではない)と思わざるをえないように読めましたし。

 

 しかしその一方では、そういった“時流”的な価値観を抜きにしても、あまりにも本書には頷ける部分が多すぎる。視点を変えれば「文章論」として、あるいは「ビジネスマナー」としても読むことのできる内容であり、さまざまな示唆に富んでいるのです。

 「手紙」の話をしているにも関わらず、「あ、こういう人、この前ネットで見たわ」なんて例がいっぱい。定型文の使い方や、伝える情報の取捨選択的な視点から見て、「手紙」という言葉をそのまま「メール」と置き換えても通用しそうな内容。むっちゃおもろい。

 

当たり前だけれど忘れがち、相手を見据えた「思いやり」

 では、そのような、手紙を書くときに意識するべき“一寸した行為”とは何か。これも非常に単純明快。かつ基本的なこと。小学生だって知ってる。

 

「読む人の身になって」

 

 ――ね、簡単でしょ? 相手が黒ヤギさんであることを考えたら、白ヤギさんは“お手紙”を「紙」で書いてはいけないのです。書いた途端、続く行為は運命によって決定づけられてしまうのです。それすなわち、届いた手紙は黒ヤギさんに喰われ、仕方なく彼から送られた手紙も白ヤギさんの胃へと堕ちる。ループってこわい。

 めくるめく“やぎさんゆうびん問題”は置いとくにしても、「何を今更」と思われる人も多いかもしれない。――ネットの匿名掲示板ならいざ知らず、特定の人物を相手に書いている「手紙」という媒体において、独りよがりな内容を書くなど言語道断。相手を意識した書き口にするのは、当然じゃあなかろうもん、と。

 

 最近は手紙を出す機会自体が少ないでしょうし、ここではおなじみの「Twitter」で置き換えてみませう。基本的には“独り言の呟き”を投稿するサービスではありますが、特定個人に対して「言葉」を伝える“リプライ”や、“DM”機能も内包しているこのツール。

 ――たまに、いませんか? わざわざ“@”を付けてツイートしていながら、その内容が独りよがりの自分語りで、返信に悩んでしまうようなケース。「お、おう……そうなんですか……はい……」くらいにしか感じられない、「手紙」が届くことが。そんな感じ。

 

 基本中の基本であるにも関わらず、「読む人の身になって」を日頃から意識し続けるのは、思いのほか難しい。特にネットの場合、常に膨大な情報量や“名無しさん”と対面していることもあって、時に個々のやりとりが雑になりがちなのも仕方がないように思える。

 そんな「当たり前」を思い出させてくれるきっかけとして、本書の内容は至極明瞭かつ本質的なポイントがまとめられており、参考になる部分でも多いのではないかと感じました。中でも、「思いやりを伝えるためには定型文を避けるべし」と論じられている一方で、別の形で示されていた「テンプレの使い方」は、目から鱗でござった。ビジネスメールで使える。

 

注:あえて「Twitter」を例に挙げましたが、そも単なる双方向的な交流にとどまらないソーシャルメディアである点、ネット独特の「ネタ」的な文脈や「ふぁぼ」といった付加要素がある部分を考慮すれば、必ずしも当てはまるものではありませんので念のため。

 

遠藤周作流文章術の一端に触れる

 以上のように、本書のメイントピックとなっているのは「手紙の書き方」であり、その根底において意識されるべき「一寸した思いやり」だということは疑いようがないのですが。他方では、ちらほらと「文章術」的な考え方も明示されており、勉強になったのも事実です。

 

 そのひとつが、幕間で取り上げられていた“遊戯”こと、「ようなゲーム」

  1. 夕暮である。大きな太陽が屋根の向うに「  」のように沈んでいく。
  2. 空は「  」のような色を帯びている。
  3. 豆腐屋のラッパの音が「  」のように聞こえる。
  4. 路を一人の「  」のような顔をした主婦が通った。

 

 さあ、皆さん。窓の外をじっとごらんになりながら、中学校の入学試験の時を同じように「  」の中に適当な字を入れて頂きたいのです。

 

 何のことはありません。形容詞・修飾語を埋めるだけの簡単なお遊びなのですが、筆者曰く、これに制限を設けたうえで一ヶ月にわたって続けるだけでも、大きな変化が現れてくると言うのです。

 

 その“制限”とは、

  1. 普通、誰にも使われている慣用句は使用せず
  2. しかもその名詞にピタリをくるような言葉を探す

こと。そして得られる“変化”として、

  1. 本の読み方が少し違ってくる
  2. 手紙や日記を書きたくなってくる

という点が挙げられるそうな。

 

 よく「文章力を高める方法」として、「語彙力を身につけよ」と言われることがあります。たくさんの言葉を知り、類語表現を調べ、慣用句を覚えるようにせよ、と。

 それはそれで一定の「文章力」を身につける常套手段ではあるのですが、それだけでは得られないものもある――というのを、「個性」「オリジナリティ」と一言で片付けるのもどうかとは思いますが……まあ、そういうこと。

 

 この「ようなゲーム」。数年前にTwitterのタイムラインで目にした覚えがあるのですが、実際にやってみると、純粋に楽しいんですよね。

 単に「死にたい」と言うよりも、「路傍の石に躓き転倒、顔面からスライディングしたうえでそのまま一点倒立、強風にあおられてそのまま道路脇の用水路に逆トリプルアクセルを決めながら飛び込み、“犬神家”状態で溺死したいような気分だ」とか言ったほうが、楽しくありません? え? つまらない? サーセン。

 

 何はともあれ、この「ようなゲーム」をはじめとして、文中でたびたび「文章術」の類にも言及されている本書。普段からモノを書いている人にとっては、参考になる点もあるのではないかと思います。抑制法・転移法なんかもすぐに使えそう。

 

 というわけで、興味のある方は試しに“十頁”、まずは読んでみてはどうかしら。

 

 

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