ぐるりみち。

平成生まれのフリーライターのブログ。本・映画・マンガ・アニメの各種レビューに、旅行・グルメ・街歩き日記など。

「いい年して」「いい大人が」という表現について思うこと

 

 数日前、武井壮さんのこちらのツイートが話題になっていたそうな。“アイドルの良さも分からねえヤツは不憫”というのはちょっと言い過ぎな気がしなくもないけれど(それだけ「アイドル好き」が伝わる表現とも)、内容に関しては概ね同意です。アイドル、いいじゃん。お願いシンデレラ。

 それよりも個人的に気になったのは、最初の「いい年して」という言葉。これ、割とよく耳にする表現だし、自分でもたまに使ってしまう言い回しだけれど、使い方によっては、どうも強引なレッテル貼りに聞こえなくもないんですよね。違和感を覚えたので、ちょっと考えてみた。

 

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年不相応を意味する「いい年して」「いい大人が」

 「いい年して」という字面だけを見れば、この表現はすべての世代に当てはめて使うことができるようにも思える。

 例えば、毎週欠かさず、日曜朝のスーパーヒーロータイムを満喫している高校生男子がいるとしましょう。見かねた母ちゃんがそれを諌めんとするべく、「いい年してそんなもの……」と叱責するような場面は、想像できなくもない*1。いいじゃん、ライダー。

 他方では、「いい年して」とほぼ同様の意味合いを持つ類語表現として、「いい大人が」というものもある。ちなみにGoogle検索だと、関連ページ数は後者が前者の倍近くヒットする模様。

 

年齢にふさわしい品格を備えた大人。いい年齢の大人。一般的に、年齢相応でない子供じみた事をしている人などを揶揄して言う表現。

いい大人とは - 日本語表現辞典 Weblio辞書

いい大人とは年齢にふさわしい行動がとれていない大人に対して皮肉をいう時に使う言葉である。『大人にふさわしい行動』に対する定義や『大人』に対する年齢設定はない。これはいい大人を使うシチュエーションや使う人と使われる人の関係によって異なるためである(親が大きくなった我が子に使うとき、子供が大人に皮肉をいうとき、当人が自嘲するときなどシチュエーションによって設定は変わってくる)。

いい大人(いいおとな) - 日本語俗語辞書

 

 ざっくりとした説明としては、このような意味らしい。言い換えれば、「年相応」でしょうか。――いや、“揶揄”や“皮肉”としての色が強い点を鑑みれば、「年不相応」のほうが近いかもしれない。

 いずれにせよ、あまりポジティブな表現としては使われている印象の薄い、この言葉。時と場合、発話者と受け手との関係性によっても文脈が異なってくる、“揶揄”的な言い回しにあれこれツッコむのもどうかとも思いますが……やっぱり、「レッテル」のようで軽くもにょる。

 

「年齢」ごとに規定される、年相応の生き方

 このモヤモヤが何に端を発するものなのかと考えつつ、先ほどの「いい年して」と「いい大人が」の検索結果を上からぽけーっと眺めていたところ。……なんとなーく、共通点が見えてきたような気がする。というか、用途を確認するまでもないのですが。

 「いい年して」「いい大人が」というのは要するに、「あなたはそういう年齢なのだから、それに見合った立ちふるまいをしなさい」という指摘であり、たまに押し付けでもあるもの。

 主に身近な友人・知人に対して向けられるもので、前提には「この年齢ではかくあるべし」という無意識の基準がある。ハタチを過ぎれば自立せよ、ミソジを超えればパートナーを見つけよ。そうした「生き方」はもちろんのこと、冒頭の“アイドル”をはじめとする「趣味嗜好」にまで、その基準は及ぶ。

 

 で、これが極端になると、「いい大人なんだから早く結婚したほうがいい」「もういい年なんだからすぐにでも子供を作るべきだ」といった、個人の事情を無視した“価値観の押し付け”として、たびたび表面化するんじゃないかと。

 そうした指摘から感じるプレッシャーが、このモヤモヤの正体であるように感じました。過去に書いた「社会人」云々の話もそうだけど、「世間一般で正しい・多数派だから従うべき」という説明なき同調圧力は、あまり勧められたものではないと思います。はい。

 

今の日本で生きるのがつらい人が多い原因は、単純にお金がないとかいう問題より、社会を取り巻いている意識や価値観の問題が大きいと思う。今の社会では、生きていると常に外から内からプレッシャーをかけられているように感じる。

pha『持たない幸福論』幻冬舎より

 

前向きな意味での「いい大人」であるように

 とは言え、ここ最近の使われ方を見ていると、必ずしも悪い意味だけで使われているわけではないようにも思う。

 それこそ武井壮さんじゃないけれど、年齢に関係なく夢中になれるものがあるのは素敵だと思うし、ふんわりとした予防線として自らを「いい大人だけど〜」と恥じることなく話せるのは悪くない。“大きいお友達”*2も“アイカツおじさん”*3もいるんだよ。

 

 むしろ、「いい大人が」と言われることを避けるための別表現として、そういった「一般的には大人らしくないけれど全力で楽しんでいる大人たち」を意味する言葉が生まれたんじゃないかまである。……いや、どうだろう。

 それもこれも、昔のような「大人の遊び」のテンプレートが通用しなくなってしまったことが、一因としてあるのかもしれない。週末ゴルフじゃないけれど、イメージとしての「いい大人」のテンプレが薄れ、遊びの幅も、コンテンツや嗜好品の多様性も、ぐーんと広がったのではないかと。そう考えれば、「若者の○○離れ」の話ともつなげられなくもないですね。

 

 何年か前のCMで、携帯でゲームをプレイしている大人を見て「……いい大人が」とバカにするように呟くのに対して、「大人だからいいのよ」と返すシーンがあったけれど、そんな感じ*4

 子供には子供の楽しみ方があるように、大人には大人ならではの楽しみ方があっても不思議じゃない*5。というか、それが自然。大人になったから無理に“卒業”するんじゃなくて、自分の好きなものは末永く楽しんでこそ、です。

 

 

関連記事

*1:『プリキュア』でもいいけれど、その場合は「男のくせに……」とか言われそう。

*2:大きいお友達 - Wikipedia

*3:アイカツおじさんとは - ニコニコ大百科

*4:いい大人の、モバゲー - Wikipedia

*5:札束でぶん殴るソシャゲーの話……ではない、はず。