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ぐるりみち。

日々日々、めぐって、遠まわり。

『傷口から人生。』生きづらさを中和し“自分”を取り戻すエッセイ

 

 文筆家・小野美由紀@MiUKi_None)さんのデビュー作、『傷口から人生。』を読みました。パニック障害や家族問題を抱え、学生時代には不登校と自傷癖の経験があると語るなど、作品紹介文でも“強烈自伝エッセイ”と称されている一冊。

 しかしページを捲ってみれば、数多くの刺激的なエピソードが記されていながらも、「就活」や「労働観」の話題など20代男子たる自分にも共感できる部分が多く、とてもおもしろく読むことができました。何より、個人的にすっごい好みの文体。かなの使い方や言い回しが好きです。

 

 

客観視された「メンヘラ」と自意識

 なんとなく、サブタイトルにある「メンヘラ」の響きがレッテルのように感じられて気に食わず、意識しながらも敬遠していた本書。なんだかんだで、結局手に取って読んでしまった。……うん、決めつけ、イクナイ。おもしろかったです。

 

 まったく個人的な印象ですが、抑圧的な環境のもとで長年、精神的な葛藤と共生してきた人の書く文章は得てして技量が高く蠱惑的であり、ともすれば精神が弱っている人には過剰な影響も与えかねない、“劇薬”だというイメージがあった。極端な例で言えば、精神を患って自ら命を絶った人の自伝とか。

 なので、本書も第一印象としてはそうした、「余りあるネガティブな感情を言葉に乗せて放出したエッセイ」の類なのかと。紹介文に“強烈”とまで表現されているのなら、それ相応の熱量と毒を含んだ、ダウナーな方向でエネルギッシュな内容なんじゃないかと思ってた。

 

 ところがどっこい。読み進めてみれば、淡々とした書き口と色鮮やかなエピソードが程よく組み合わさっているというか、ネガティブにブレすぎず、かと言って全てを鵜呑みにしてしまうような共感をもたらすものでもなく、絶妙なバランス感覚で書かれた文章であるように感じました。

 

 自伝的な「エッセイ」というジャンルにおいては、文章の節々から溢れ出る「自意識」に苦手意識を感じて読めない、という人も少なからずいると思う。ポジティブかネガティブかに関わらず、終始“自分語り”に徹している自意識の高さに辟易し、どうしても読み進められないケース。

 その点、本書は過去語りという側面も手伝って、著者自身の話ではあるものの、どこか過去の自分を“別人”として客観視しつつ描き出しているような印象を受ける。たびたび「この本の中でしなければならないように思う」と付け加えつつ語られるエピソードも、目を覆いたくなるような内容も含めて「そんなこともありました」と受け入れているような書き方で、あまり入り込みすぎず適度な距離感で読むことができました。

 

「劇薬」というよりは、20代に向けた「中和剤」

 自分が当該世代であるせいかもしれないけれど、本書を勧めるならば就職活動生、あるいは仕事や働き方に悩んでいる20代若手社員などにおすすめできるように感じた。

 

 大学生の時の私は、会社員にならなければ、人生は終わってしまうとばかり思っていた。一度、人生の道を踏み外したら、二度ともとには戻れない、と怯えていた。

 ところがどっこい、現実には、世の中には当時の浅はかな私が想像していたよりも、実に100倍以上もの仕事があり、お金の稼ぎ方があり、キャリアの築き方があったのだ。

 そう知ったのは、卒業してから2年も経った後だった。

 私がすべてだと思っていた世界は、なんとまあ、ちっぽけなものだったのか。

 世の中、どうやったって、生きてゆけるんだなぁ。

 この時の私は、「理想の職場」っていうもんが、どこかにあるもんだと思っていた。転々とすれば、そのうちそこに、辿り着ける。「やりたいこと」だって出てくるはずだ。それに出会うまでは、本腰を入れられないのは、仕方がない。だって〝本物〟じゃないんだから。そう言い訳をして、私はずっと、ぼーっと現実をやりすごしていた。

 

 パニック障害によって就職活動に取り組めなくなった著者は、スペイン巡礼の旅に出る。そこで出会ったのは、年齢も性別も民族も異なる、世界各地から多彩な価値観を携えて訪れている巡礼者たち。

 この話題だけでも、どうしても視野狭窄に陥りがちな就活生にとっては凝りを取り除く潤滑油となりうるのではないかと。就活を辞めろと諭すでなく、曖昧模糊な「夢」を追いかけることを勧めるでもなく、「こういう選択肢もあるんだよ?」を示すもの。「就活失敗したら人生終了」を中和する、程よい書き口です。

 

「どうせ、ゆっくり行っても、速く歩いても、辿り着くのは同じ場所なのよ。急いだって何も見つからない。それどころか、大事なものを見落としてしまう可能性だってある。でも、急いでいるうちは、絶対にそのことには気づかない」

「自分の、魂の速度で生きることなのよ。魂は、心と身体の一致したところにある。心が先でも、身体が先でもだめ。重要なのはね、あなたがあなたの速度で生きることなのよ」

 

 個人的に印象的だったのが、とある巡礼者が話したというこの言葉。特に「魂の速度」という言い回しが、自分がずっとぼんやりと考えていたことを端的かつわかりやすくまとめた表現であるように感じて、腑に落ちた。ちょうど先日記事に書いたばかりですが。

 

 

 受験競争に、就職活動に、流行に乗り遅れてはいけないと誰もが言う。社会の“主流”に乗らなければ幸せになることはできず、“多数派”に追随しなければ生きていくことすら難しい。マイノリティに落ち込めば、人生の難易度は格段にアップする。世界的ですもんね。乗るしかない、このビッグウェーブに。

 

 けれど、多数派に属すことができれば幸せになれるという保証もなく。

 

 彼らは自身が幸せであることを自分に言い聞かせるかのように、「ブラックだろうと大企業に勤めてこそ勝ち組」「結婚は30までにして当然」と繰り返す。型にハマらなければ、だだっ広く生きづらい「社会」において自分という「個」の存在を認識できないから。

 でも、実際のところはニートだろうが無職だろうがフリーターだろうが、なんだかんだで生活できている人は多いわけで、ゆっくりとしたスピードではありながらも、徐々にステップアップするべく“主流”の方向へ向かっていく人も少なくない。もちろん、根本的に多数派と合わないと感じた人はまた別に、自分なりの「速度」を保った生き方を模索し実践している。

 

 就活や労働観に限らず、本書では家族に恋愛、コミュニケーションなどにおけるそうした「多様性」を、著者の経験と、出会ってきた人たちの言葉から示しています。

 著者個人の自意識でもって全てが模られた内容ではなく、良くも悪くも、酸いも甘いも、清濁併せ呑んできたことで得られた、複数の他人の言の葉によって紡がれた「人生」論。傷口から溢れ出てくるそれは、きっと誰かの傷を癒やす薬となるのではないかしら。

 

 

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