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ぐるりみち。

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現代を『読書で賢く生きる。』ための三者三様の読書論

 『読書で賢く生きる。』を読みました。中川淳一郎@unkotaberuno)さん、漆原直行@NaO_UrUsY)さん、山本一郎@kirik)さんの3人が思う存分に「読書」を語った、いわゆる「読書論」の系譜に連なる一冊です。

 

 

 著者3名が書き下ろした「読書論」のほか、過去に阿佐ヶ谷ロフトAで複数回にわたって開催されたトークイベント、「ビジネス書ぶった斬りナイト」のプレイバックも収録した内容。

 各々の担当した章でもイベント時の論調が色濃く出ており、文字どおり「ビジネス書」を痛快に“ぶった斬”った一冊と読むこともできます。「自己啓発」の類にモヤモヤや胡散臭さを感じているが、どうもその感覚を言葉にできない――という人には、その答えがここにあると言っても過言ではないかと。

 

 とは言え、「すべてのビジネス書がクソだ!」と徹底的に全否定しているわけでもなく、最低限、必要となるビジネス書を各著者がおすすめしていたり、どのようなビジネス書がクソなのかという性質、これまでの傾向を分析していたりと、非常に多岐にわたる内容。

 ポジティブ過ぎるビジネス書とその読者をネガティブにこき下ろしつつ、でもその切り口は前向きで示唆に富んでいるような、絶妙なバランス感覚の下で構成された本であるように読めました。そして最終的には、「本」というツールとの向き合い方に帰結する格好です。おもろかった。

 

 

三者三様の「読書」と「本」の四方山話

 共著として本書に参加しているお三方は、どなたも日常的に「文字」に接する仕事をしているという共通点を持っています。

 ライター、編集者、あるいはブロガー。自らも著作をいくつも出しているだけでなく、出版業界の事情や世間の動向、さらにはインターネット界隈にも詳しいため、多種多彩な視点から紡ぎ出される「本」の話が読んでいておもしろい。

 

 例えば、中川淳一郎さんは、“ネット時代だからこそ本を読むべし”と説いています。誰もが同じニュースサイトを情報源とし、同じアプリを使い、同じ話題に触れているからこそ、知識の差別化が必要になってくる、と。

 それは「昨晩のバラエティ番組がおもしろかった」という当たり障りのない話のタネにしかならず――それはそれで必要な場面もあるが――新たな「知」を会議や飲み会の場に提供しようとするのであれば、そこで「読書」の有用性が生きてくる。

 

 他方、“本なんて、お酒やラーメン、スイーツなどと同じ嗜好品”だと語るのは、漆原直行さん。基本的に好き好きで構わないし、下手に方法論に囚われるのもよろしくない。「何を読んでいいのかわからない」なら、まずは各分野の定番をつまみ読みすることを勧めています。

 そうすることで、世に数多存在する「ビジネス書」「自己啓発書」の大半のどれが駄本で、どれが優れているかという審美眼を養うことにもつながる、と。定番や古典に触れておくことで、「これ、あの本と同じこと言ってね?」に気付けるようになることが、賢い読者への第一歩。

 

 そして、山本一郎さんは、そもそも「本」とは、「読書」とはなんぞや、と問うています。単体で情報を記録し伝えるツールでありながら、他の知識との連関や同分野との横のつながりがあってこそ成り立ち、読者の価値観にも左右される。ゆえに、“本とは「知の体系」である”、と。

 本はただ「読む」だけでは意味があるか怪しい。自分なりに斟酌する作業、何を知るべくしてその本を読んだのか、そうした形で読み解いてこそ、「読書」は意義ある活動となる。ゆえに必要なのは、「問う力」だと説明していました。

 

 一冊の本に一人の著者であれば、その人の価値観や特定分野の知識を効率的に吸収することができるでしょう。しかし本書は、3人の著者による別々の「読書論」に触れることで、かえって読者に積極的に「考える」ことを推奨しているように感じられました。

 そういう意味では、各々の物言いは歯に衣着せぬ尖りっぷりではあるものの、どこか親切で平等性を感じられる一冊であるようにも読めました。山本さんが書いていましたが、“本を読むことは書き手の持つコンテクストと、読み手である自分のコンテクストをすり合わせる作業である”という主張にも通じるのではないかしら。

 

2010年代の、現代日本の読者に贈る「読書論」

 この『読書で賢く生きる。』という本、普段から読書をしている人はもちろん、これから本を読もうと考えている人にも広く勧められる、「読書論」の入門書的な一冊にもなり得ると、個人的には感じられました。

 

 なぜかと言えば、書店に行けばいくらでも見つかる「読書論」の書籍群との関係や差異を考えたときに、2015年現在を生きる「本好き」さんにとって、本書は幅広い層に“刺さり”やすい、タイムリーな内容であるように読めたので。

 そりゃまあ、まだ発売されたばかりである以上は時事性が高いのは当然なのですが、「ビジネス書」というキーワードとその性質が分析されている内容も含めて、今現在自分が行なっている「読書」という行為を見直しやすい、再考しやすい「読書論」となっているのではないかと。

 

 本書の言説に従えば、読むべき「読書論」は古典に還元されるとも思います。ショウペンハウエル『読書について』。小泉信三『読書論』。モーティマー・アドラー『本を読む本』。などなど。

 ただ、そうした「本」はやはりどこか敷居が高いのもまた事実。『読書について』なんて、「読書によって得られる“思想”を生み出す以前にある“思索”とはなんぞや」的な論旨から始まり、わけわかめで投げ出してしまってもおかしくないとは思うので。読むにしても、結構なエネルギーを使いそう。

 

 その点、この『読書で賢く生きる。』は新刊ということも手伝って現代的だし、深堀りしようと思えば深淵へと足を踏み入れかねない「読書」の世界への入り口として、わかりやすい「ビジネス書」を事例に挙げていることから敷居も低い。

 また、アクの強い著者1人による本であれば、「そうか、読書はこうすべきなんだ!」と鵜呑みにして雁字搦めになりかねない部分も、アクの強い著者お三方による共著ということで、自分でそれぞれの言説について検討しやすいような印象があります。

 というか、その3人によるトークイベントのプレイバックが、良い感じに視点を切り替えさせてくれているような。「文章としてはこういう意見でもって書いたけど、口に出して話せばこのくらいになるぜ」的な。トーク部分は時事ネタも多く、伝わりやすいのもメリットかと。

 

 思えば最近、『本の「使い方」』(出口治明)、『乱読のセレンディピティ』(外山滋比古)、『読書について』(ショウペンハウエル)など、「読書論」の類の本を何冊か読んできましたが、2015年上半期を締めくくる同ジャンルの本をしては、ちょうど区切りのいい一冊となったように感じます。

 

 本文中で、「読書は思考・知識体系を立体化させる」という話がありましたが、まさしく。ネットの文章だけを読んで、リンクをたどり、点と点を線で結んで拡げていくことはできても、それだけでは平面の枠から逃れられない。

 はたして「読書論」を読んで何かが変わるのかと言えば、それもビジネス書同様、変わる人、変わらない人がいて当然でしょう。けれど、今なお膨大な数が出版されている「本」を楽しく読むための“軸”として、そして自身の中にある知識や思考の“線”をさまざまな方向へ伸ばすための足がかりとして、本書はひとつの指針となるのではないかしら。

 

 

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