ぐるりみち。

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“普通の人”として『「メジャー」を生み出す』考え方

 「現在の若者は何を考えているかわからない」と、オトナは言う。他人とぶつかることを避け、チームプレイよりは個人で楽しむ趣味に没頭し、パッと見は「真面目」で「優しい」。

 けれど、実際のところは何を考えているのか、よくわからない。軸が見えない。感情が読めない。彼らはいったい、 “何者” なんだろう――と。だからこそ、「ゆとり世代」といった括りが時にレッテルとして機能しているのかもしれない。

 

 しかし一方で、自分が “何者” かわかっていないのは、当の若者たちも同様だ。いわゆる「中二病」的な、思春期における自意識の肥大化はどの世代にも共通しているものだと思うけれど。

 だが、今やそれが高二病、大二病、果ては社二病とまで言われるように、少年時代の行き場のない感情をどこかしら “引きずっている” ように見えなくもない。それゆえに、「自己肯定」や「承認欲求」といった言葉が、若者を論じるキーワードとして語られることにもなるのだろう。

 

 

 今回読んだ『「メジャー」を生みだす』は、40代の編集者――つまり “オトナ” である筆者が、そんな “よくわからない若者” を夢中にさせているコンテンツの創り手たちにインタビューし、そこに存在する特有のカルチャーを紐解いていくような内容となっている。

 サブタイトルに「マーケティング」という言葉が大きく踊っているが、どちらかと言えば文化論、あるいは世代論としての言説が色濃いように読めた。僕ら “若者” からすれば、よく知るクリエイターの「頭の中」を知るインタビュー集であると同時に、「 “オトナ” とはなんだろう」を再考する本になっているとも言えるもの。おもしろかったです。

 

キーワードは、「普通」

 本書では、バンドマン、マンガ家、小説家、アニメ監督など、多彩なクリエイターたちの「声」を知ることができる。

 筆者自らその足で取材して集めた彼らの「声」から窺えるのは、「創作」に対する思いや信念に留まらない。創作者として表現活動の過程で経験し、実感してきた「現代社会」の特徴や世代による相違、さらにはインターネットとの関わりなど、非常に多岐にわたっている。

 

 タイトルに「メジャー」とはっきり示されているが、読後の印象としては、あまり内容と合致しているように感じなかった。

 というのも、本書に登場するクリエイターの人たちは確かに「メジャー」の存在を意識しつつも、自分たちの表現世界を大切にしている人ばかり。それが仕事である以上、マーケティングについても戦略的に考えていることは示唆されていたけれど、どちらかと言えば副次的な目的であるイメージが強い。まず、表現ありきなのだ。

 しかし、だからと言って彼らの誰もが圧倒的な特異性、個性、オリジナリティを発揮して注目を集めているかというと、そうとも言えない。というか彼ら自身、「自分は “普通の人” 」であることをはっきりと自覚したうえで、それを前提に創作活動に励み、楽しんでいるような様子が見て取れた。

 

 ゆえに、本書の中核を成すキーワードは「普通」。多様性だ、個性だ、オンリーワンだ、と「個」の性質を重要だと叫ばれがちな現代において、「普通」を思考し、志向し、試行錯誤を続ける創作者たちの頭の中を断片的に覗ける内容と言えるのではないかしら。

 「凡人には思いつかねえ!」というぶっ飛んだ言説ではなく、「言われてみれば確かに!」と、普段は“言葉にできない何か”を言語化してもらえるような、共感を伴う主張が多いように感じました。それも、自分が“若者”世代に当てはまるからかもしれないけれど。

 

「普通」じゃない世界の中心で「普通」を叫ぶ

 読んでいて個人的におもしろいた感じたのが、この「普通」という言葉の立ち位置だ。一口に言えば、現代は「『集団』としての “普通” が希薄化し、『個人』の “普通” が顧みられるようになった」とでも言いましょうか。この感覚については、次の言葉に凝縮されているように思う。

 

「今の時代は〝なにが正しくてなにが正しくないということ自体がない〟と思っているんです。すべてのものにウソと本当が混ざり合っている。だからどんなこともいくぶんかは正しくて、いくぶんかは間違っているんじゃないのかな。でもそれは悪いことではなくて、たとえば今までは正しいとされてきた音楽じゃなくても、通用する可能性があるということでもあると思うんです。
 音楽をつくるにしても、今までは『メジャーからデビューする』が正しいとされてきたかもしれないですけど、個人がインディーズでつくってもいい。それをネットで公開すれば、もしかすると今まではダメだとされてきた音楽でも個性になるかもしれない。むしろダメなところも武器にできる時代だと思います」

 

 こちらは、4人組のバンド「Applicat Spectra」のナカノシンイチさんの言。

 人によっては「何をいまさら?」と思われるかもしれないが、 “メジャーからデビューする” という流れが何より重要視され、今なお強く残っているという音楽業界などを見るかぎり、まだまだ広く共有されている価値観ではないのかな、と。

 振り返ってみると、80、90年代の「普通」とはなんだっただろうか。サラリーマンとして一企業に就職し、年功序列、終身雇用制の下であくせく働いていれば安泰。安定が約束され、そこから逸れるのは「普通」じゃない変わり者だと考えられていた時代。その当時からすれば、そもそも「クリエイター」という選択肢は才を持つ者に限られた、奇特な存在だったのだろう。

 

 しかし、ネットや技術の発達によって、やろうと思えば誰もがコンテンツメーカーとして自己表現ができるようになった現代においては、そんな「普通」の価値観は大きく揺らいでいる。就職ひとつとっても選択肢は幅広くな(らざるをえなか)ったし、ひとつの分野でも多種多彩な表現方法、稼ぎ方が存在するようになった。

 例えば「音楽でメシを食う」にしたって、 “メジャーデビュー” が等しくミュージシャンの最終目標というわけではなくなった。あえてインディーズのまま活動を続けているバンドだっているし、ネットでの活動を軸としている個人の作曲家だって少なくない。音楽に限らず、地方巡業をメインに稼いでいるお笑い芸人の存在などもテレビで取り上げられ、今や広く知られている。

 

 際立った才能がなくとも、ずば抜けた圧倒的な個性がなくても、「普通の人」でも活躍できるのが、現代のコンテンツ文化の特徴だと言う。そこではコンテンツの作り手も受け手も「普通」であるため、身近な存在としての「共感」がもたらされ、何者にもなれないことを共に悩み、あるいは肯定する「承認」の力が強く働いているようにも見える。

 なればこそ、本書に登場するクリエイターの多くは自分を「普通」であると自認し、これまでの主流であった「普通」のプロセスが通用しないことも理解したうえで、「普通」を表現し続けている。極端に目立たずとも、ネットの存在によってコンテンツは拡散されやすくなっているし、そこでは「普通」ゆえの「共感」が求められている。

 

 ……なんだか「普通」がゲシュタルト崩壊しそうな勢いだけど、こうした身近な存在としてのクリエイターやコンテンツが重視されることに対しては、本文の中で明確に問題提起されてもいます。

 “半径三メートルの世界” に閉じこもって暮らすのは心地良いかもしれないが、他方では “それ以外” を攻撃するような傾向も少なからず見られる、と。自分にとっての「普通」を重視するあまり、他のレイヤーにおける「普通」を否定してしまうのは、自分の首を絞めることにもつながりかねないのではないかしら。

 

 このように、クリエイター自身と、彼らによって生み出されるコンテンツから現代の価値観や文化を紐解いた内容の本書ではありますが、一方では断片的すぎて、少しもったいないようにも思えた。

 というのも本書の構成が、筆者がインタビューで聴いて特に印象的・示唆的だった部分をおそらくは抽出し、それに対して分析、持論を展開するような「いいとこ取り」の流れになっているため、クリエイター本人の主張が一部のみで物足りなく感じてしまうのです。インタビュー内容を文字に起こして、その後に筆者の所感をまとめる形でもよかったんじゃないかなー、と。

 

 とは言え、自分の知ってるクリエイターさんの話は非常に興味深くおもしろかったし、知らない人に関しても、「これは作品を聴いて(読んで)みたい!」と思わせるような内容となっており、最後まで楽しく読むことができました。

 普段からさまざまなコンテンツに親しんでいる人はもちろん、少なからず自らが発信する側である人であれば、さらに興味深く読むことができるのではないかと。新書ということでさっくり読める文量でもあり、おすすめの一冊です。

 

インタビューが掲載されているクリエイター(敬称略)

  • 恒吉豊(OverTheDogs)
  • 松本俊(AJISAI)
  • 平田ぱんだ(THE BOHEMIANS)
  • 辻友貴(cinema staff)
  • ナカノシンイチ(Applicat Spectra)
  • 工藤成永(Any)
  • 柿澤秀吉(秀吉)
  • 浅野いにお/『ソラニン』
  • 宮城理子/『メイちゃんの執事』
  • 咲坂伊緒/『アオハライド』
  • 谷口悟朗/『コードギアス 反逆のルルーシュ』
  • 支倉凍砂/『狼と香辛料』

 

 

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