ぐるりみち。

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常連のおじいちゃん(80歳)が話した、喫茶店に通う理由

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 自宅では集中して作業ができない僕は、日中の数時間を喫茶店で過ごすことが多い。さすがに半日とか長居するのは申し訳ないので、時間を区切って2時間ほど。店内が混雑してきたら、もうちょい早めに切り上げる感じ。いつもお世話になっております。

 せっかくならいろいろなお店を体験してみようと、一時期は電車で都心まで出てふらふらと喫茶店を渡り歩いていたこともありました。でも交通費もバカにならないので、最近は別件で用事がない限りは近所のお店に入り浸る形に。常連ともなれば、店員さんと交わす二言三言の雑談も楽しい。

 

 そうやっていつも同じ時間にお店に行くと、自分以外の「常連」の存在も徐々にわかってくるもので。いつもの喫茶店の場合、周囲が住宅街ということもあって、平日昼間は若いお母さんやお年寄りが多い印象。常に見かける「常連」に関して言えば、大多数がお年寄りになります。

 ある日、そんな「常連」さんである一人のおじいちゃんに話しかけられて、1時間ほど雑談に興じたことがありまして。“雑談”と言っても僕は、マシンガンの如く繰り出されるおじいちゃんの四方山話をひたすら聴くだけの相槌マシーンになっていた次第ではありますが、ちょっとその時に感じた諸々を。

 

 

年齢差、55歳の雑談会(※一方的)

 ベッドタウン近くの駅前にある某喫茶チェーンは、夕方になれば学生などで混雑するものの、平日昼間は割と空いている。午前中はノートを広げて勉強に勤しむ大学生らしき若者がちらほら。お昼になるとママさん軍団が押しかけてきて、おやつタイムを過ぎれば中学・高校生の波が押し寄せてくる流れです。

 そんな中、昼夜を問わず目にする「常連」さんは、だいたいが高齢のおじいちゃん。近くの別の喫茶チェーンは複数人のおじいちゃん&おばあちゃんグループが根を張る井戸端会議場と化していますが、こちらはお一人で訪れるおじいちゃんが多いように見える。お互いに挨拶をすることはあっても、基本的には一人で本や新聞を読んでいるか、ぼーっと店内を見渡すような過ごし方をしているように見受けられます。

 

 先日、話しかけられたのは、その「常連」のおじいちゃんのうちの一人。パッと見は60〜70歳くらいで元気に見えるけれど、動きが緩慢なのでもう少し上なのかもしれない。いかにも優しげな“おじいちゃん”といった形で、他の常連さんとも時折話している様子が伺えていました。

 

 その日の僕はたまたま彼の隣りのテーブル席に座っており、PCを開かずに文庫本とノートを広げつつも、スマホを片手にモバマスに興じているところでした。半分は作業的に画面をポチポチしていると、「おにいさん、ちょっと聞いてもいい?」と隣から声が。

 うわあああ平日昼間に画面の中のかわいい女の子とキャッキャウフフしている気持ち悪い若者でごめんなさいいぃぃぃ、と反射的にビビりつつも「な、なんでしょう?」と返す挙動不審の僕氏。おじいちゃん、スマホを指さし、一言。「それって、“わいふぁい”使えるの?」

 

 聞けば、「そろそろスマートフォンに変えようかと悩んでいるが、使い道やら通信の仕組みやらがよくわからない」との言。自分もそんなに詳しいわけじゃないので、それとなくスマホの特徴を説明しつつ、現在進行形で利用中の店内の無料Wi-Fiについてもお話しました。

 ふんふん、と頷きながら聴いていたおじいちゃん。「なるほどねー、いやー、パソコンはよく使ってるんだけど、どんどんバージョンアップして機能が増えたり操作が変わったりするから、年寄りにはついていけんのよー」とデジタルな話に。曰く、WindowsXPで止まっているそうな。そりゃあそうですよね……。急に変わっても何が何やらですよね……。

 

 その日は特に急ぎの作業がなかったこともあって、自分もスマホを置いて徐々に雑談する体制に。……と言っても、先に書いたように、おじいちゃんがすっごく良く喋るので、ほとんど聞き役に徹していた格好ですが。

 中には会社員時代の武勇伝もあり、正直に言って、その辺のビジネス書を読むよりも「すげえ!おもしれえ!」と思えてしかも為になる話だったので、自分は自分でかなり楽しんでいた感じです。あと、「最近の本は親切すぎて『読むだけ』になってしまっている」というツッコミも、「数十年前には月給で買った本を“解読”するが如く読んでいた」という話の後に聞くと説得力も増すようで、おもしろかったです。

 

 途中、聞いてみると、何とおじいちゃんは80歳オーバー。リアルに「おじいちゃんと孫」の年齢差でございました。

 

なぜ毎日、喫茶店を訪れるのか

 おじいちゃんが「喫茶店に通う理由」も、自然な流れで話してくれました。ざっくりとまとめれば、それには2つの理由があるらしい。

 

 ひとつは、「さまざまな世代の人間が訪れる空間で刺激を得る」ため。奥さんは介護施設、息子夫婦とは別居中ということで、ほぼ一人暮らしも同然の生活なのだとか。それでずっと家にいると頭がバカになりそうなので、人の集まる喫茶店で若者の話を耳にして、刺激をもらっているとのこと。

 もうひとつは、「同世代との情報交換」のため。他によく見る高齢の常連さんの中には、彼と同じ境遇の人が何人もいるという話。年齢層は60代、70代、そして80代と幅広いようですが、似たような生活をしている人がいれば情報の交換ができるし、お互いに励みになるということでした。

 

 さらに加えて、こうも仰っていました。

 

「80歳を超えたら死ぬつもりだったが、妻が倒れたことで死ねなくなった」

「息子夫婦に同居を勧められているが、迷惑をかけることが目に見えているから申し訳なくてできない」

「尊厳死は必要だ。老人は、辛い」

 

 思いのほか重い話でしたが、ご本人は割とあっけらかんと話していた様子。心中の本当のところはわかりませんが、それでもなんだか「生き続けることが申し訳ない」と考えながら生活しているように感じて、聞きながらモヤモヤしていたことも事実です。

 ろくに老後のことも考えたことのない若造に偉そうなことを言える口もなく、結局、相槌を打つことしかできなかったのが軽く悔しい。長寿であることは健康の証、平和な国だとも言うけれど、生きることを「申し訳ない」と感じさせてしまう環境で、果たして幸せに天寿を全うすることができるのか、という疑問もある。

 

 ……と思えば、「勉強するならスペイン語が良い」「本を読むなら古典がおすすめ」などなど、あっちゃこっちゃに話が飛び回って目を白黒させていた自分。いずれにせよ、普段は全く意識しないおじいちゃん世代の価値観にちょっと触れられたようで、かなり楽しく刺激的なひとときとなりました。

 

 “喫茶店”にさまざまな背景を抱えた人が訪れるのは、昔ながらの街の喫茶店だろうが、全国展開するチェーンだろうが、最先端のおしゃれカフェだろうが、きっと変わらないのでしょう。たとえ、店員も客も画一的(に見えるよう)なチェーン店だろうと、出会いのあるところにはあるもんですね。

 

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