ぐるりみち。

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これまでの20年間を振り返る『日本のネットカルチャー史』

 川上量生さん監修『角川インターネット講座4 ネットが生んだ文化 誰もが表現者の時代』を読み進めております。川上さん執筆の導入部に続いて、今回は第1章。

 筆者は“ネットワーカー”こと、ばるぼら@bxjp*1さん。『日本のネットカルチャー史』と題して、このおよそ20年間をざっくりと――でもしっかりと要所はまとめつつ――振り返った内容です。

 

 テキストサイト、個人ニュースサイト、掲示板、ブログ、FLASHアニメ――などなど、知っている人は知っている、知らない人は知らないであろう、現代に至るまで地続きとなっている「ネットカルチャー」の歴史をまとめた文章。

 当時を知る人からすれば「あったあった!」と楽しめる、知らなくとも「こういう経緯で現代のサービスにつながったのか!」と納得できる、非常におもしろい内容と言えるのではないかしら。自分はちょうどFLASH黄金時代にネットに住みついた人間ですが、「知ってる」と「知らない」の前後のつながりが読み取れて興味深かったです。

 

ネット文化を知るのに必要な「ネット的」「非ネット的」な視点

 本章では第一に「そもそも“ネット文化”とはなんぞや?」という問いを立て、現代の「インターネット」が誕生する過程でその根幹となった「ネット的」な思想を挙げている。その中ではまず、「ネット的」なものは「設計」と「運用」の2つの側面に分けることができるとして、次のように説明している。

 

ネット的な設計とは端的にこういうことだ。プラットフォームに依存せず、どこからでもアクセスが可能で、特別な技術の修練を必要としない、オープンな環境。これはネット的である。逆にいえばプラットフォームに依存する表現は非ネット的である。Windowsでしかできないこと、Macでしかできないこと、iPadでしかできないこと、Androidでしかできないこと、アップルのApp Store内で流通するiOSアプリ、すべてネット的ではない。ネットは垣根を取り外す姿勢であり、囲い込みの思惑はネットと相容れないものだ。

ネット的な運用とはどういうことか。ユーザーの自主性を担保するボトムアップ型、情報(データ)の自由な流通、匿名と実名の選択の自由、常に修正され更新される可能性を秘めた情報の不確定性、受け手が送り手にコンタクトをとる手段が確保された参加可能性・双方向性。これらはネット的である。特定人物がすべてを決める一方通行でトップダウン型の方針、発言を検閲し初めから異分子をシャットアウトするような姿勢などは非ネット的である。完全に民主制である必要はないし、多数決で決める必要もないが、まずは拒まない態度こそがネット的だ。 

 

 このような「ネット的」な特徴は、主にインターネット初期の文化によって決定づけられたものであり、現代のインターネットがすべて「ネット的」であるかと言えば、そうではない。むしろ、昨今のネット文化の大半は「ネット」と「非ネット」のコラボレーションによって成り立っているからこそ、その文化を正しく理解するためには「ネット的」な視点と「非ネット的」な視点の両方が必要になると、筆者は最初に示している。

 また、この「ネット的」な設計と運用の源流として3つの要素が指摘されているが、少なからず“インターネット史”をかじったことのある人には馴染み深いものだろう。ひとつに、アメリカの「ハッカー文化」。さらに、1960年代の「ヒッピー文化」。そして、それらの根っことなる「DIY文化」。本文章では簡潔にまとめているに過ぎないため、詳しく知りたい人は他の書籍に当たってみるのも良いかもしれない。手軽に概要を把握するのであれば、個人的には『ウェブ×ソーシャル×アメリカ』がおすすめです。

 

 

「テキストサイト」の誕生と、広がるネット文化圏

 このような視点を前提として、本章ではタイトルのとおり「日本のネットカルチャー史」を追いかけて行くことになる。日本で一番最初に「インターネット」とつながった大学に始まり、テキストサイト、個人ニュースサイト、2ちゃんねるに代表される掲示板コミュニティ、ブログ、FLASHアニメ、動画サイト、まとめサイト、そして各種SNS――といった具合に。

 まず、1995年前後にメインストリームとなったE-ZINEサイト、ウェブ日記が一般層の流入によって縮小し、代わりに登場したのが「テキストサイト」と「個人ニュースサイト」。結構な数のサイト名が取り上げられているものの、自分がわかったのは変人窟くらいだった。「当時のサイトは知らないけど“中の人”は知ってる」という人で言えば、さやわか*2さん、本田透*3さんなど。自分にとって馴染み深いのは、それ以降となる。

 

テキストサイトや個人ニュースサイトは、2001年春に「侍魂」と「バーチャルネットアイドルちゆ12歳」という2つのメガヒットサイトによって、閲覧者数/運営者数がともに増加する。しかしこの現象は個人サイトをメディアからコミュニティへ変容させるきっかけとなった。というのは、何かコンテンツを「発表」することで満足を得るのではなく、個人サイトというコミュニティに「参加」することで満足を得る人々が増加したのである。

 

 ここで挙げられているサイトの中には当時読んでいたものも多く、読んでいておもしろかった。カトゆー家断絶ゴルゴ31は毎日のようにチェックしていたし、(・∀・)イイ・アクセスCG定点観測にもお世話になりました。ブログを始めてからは、まなめはうすやかーずSPにたまに記事を取り上げられたりして、嬉しくも不思議な思いでござる(※敬称略)。

 ――といった形で、本章では具体的なサイト・サービス名を取り上げつつ、それらを直接的には知らない人にもわかるように文化の発展・衰退の経緯を説明している。特に、現在進行形で問題になっている「コピペブログ」や「バイラルメディア」が成り立つに至る経緯もVIP板の隆盛からすっきりとまとめられており、それら問題に関心のある人にはぜひ読んで欲しいところ。

 

“すべてをネットで可能にし”た、その先には

 その後、ニコニコ動画によって加速した同人・二次創作文化や、pixiv小説家になろうといった最新のコンテンツまで言及した上で、本章では最終的に“もっとも根源的なネット的行為”として、「すべてをネット上で可能にする」という視点を紹介している。

 

CDは扱いが面倒だからネットで聴けるようにしよう、本は場所をとるからネットで読めるようにしよう、服屋に行くのは面倒くさいからネットで買えるようにしよう、イベントの予約はネットでできるようにしよう、イベントに来ない人向けに動画で配信しよう、ネットで友達と連絡をとろう、ネットで昔の友人と再会しよう……。生活を送るうえでオンラインとオフラインの差を限りなくゼロに近づけ、オフラインをオンラインと同じにしてしまうこと。個人/団体、営利目的/非営利目的、無料/有料などに限らず、これが現在のネットの当面の目標といっていい。 

 

 しかし、他方で「ウェブ」は既に一度、死を宣告されていることも同時に示している。2010年の米誌『WIRED』の特集「The Web is dead.」によれば、現在の主戦場はオープンなウェブではなく、クローズドなプラットフォームにある、と。「オープンorクローズド」という視点は00年代から頻繁に語られてきたものだ。しかし、主にスマートフォンの隆盛によって、現在のインターネットは個々が独立したクローズドな空間へと舵を切っていることは疑いようがない。

 とは言え、「検索」の力は今なお強大なものだ。サイト運営者の話によれば、「検索」が占めるアクセスの割合はいまだ大きいと聞く。けれど他方では、各種ソーシャルメディアやアプリからの流入がずっと増え続けていることも間違いない。アクセス元の変化は第章あれど、結局のところ、ウェブだろうがアプリだろうが、行き着く先のコンテンツは大きくは変わらないのだから、「ウェブ」はこの先も選択肢のひとつとしてあり続けるのだろう、と。「ウェブ」だけがインターネットではないことを再確認した上で、これからもウェブは生き続けることを、筆者はここで示している。

 

 オープンかクローズドか。ウェブかアプリか。匿名か実名か。そういった形態の違いはあれど、おそらくインターネットはこれからも、さまざまな事柄を“可能”にしていくのでしょう。

 だが筆者も書いているように、それら、“ネット文化の発展は未だ過去の理想の実現に留まっている”。ネット黎明期のような試行錯誤、初めて触れたときのような高揚感がもたらされることはなく、ネットはただただ「当たり前」になっていくだけなのかもしれない。エリック・シュミットGoogle会長が語ったように、このまま行けば確実に、“インターネットは消える運命にある”のだろう*4

 

誰も想像していなかったことが起き、インターネットに初めて触れた時以上の高揚感を体験できるか。この先、日本のネット文化に期待しているのはそこだけである。

 

 変わり続けることで、最終的に“変わらないもの”になりうるインターネット。劇的な技術の発展、あるいは環境の変化でもない限り、その緩やかな変化は人間の想像の範疇に留まり続けると考えられる。“想定外”がもたらされるとすれば、それはきっと、そこで育まれる「文化」によるものしかあり得ない。これからのネット文化と、その担い手に幸あれ。

 

 

『角川インターネット講座4』感想記事(筆者敬称略)