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ぐるりみち。

日々日々、めぐって、遠まわり。

『節ネット、はじめました。』ネットと程良く付き合う為の“通信断捨離”

 

 世の中には、「情報中毒者」あるいは「ネットジャンキー」と呼ばれる人が少なからず存在する――らしい。

 寝てる間も覚めてる間もパソコンは起動状態で、常にインターネットブラウザが立ち上がっている。ページタイトルが読み取れないほどに大量のタブを開き、リンクというリンクを渡り歩き、日々、電子の海を溺れるように旅する漂流者。

 ――そんな人が、目の前の画面に映っていませんか?

 

「白」と「黒」の両側面を持つ時間泥棒、インターネット

 今回読んだのは、ライターとして活動している著者による『節ネット、はじめました。』。ちょうど昨日、Kindleストアの日替わりセール対象商品となっており、しばらく「インターネット」関連の書籍を読んでいなかったことも手伝って、衝動的にポチっと。

 タイトルから想像するに、いわゆる「デジタルデトックス」的な内容かと思いきや、当たらずといえども遠からず、といったところかしら。

 「わたし、ネットジャンキー!やべえ!」という体験談に始まり、無用な情報の断捨離を勧めつつ、最終的に「通信費を見直そう!」という結論に落ち着いている。読み終えてみると、サブタイトルの方が如実に内容を表していますね。曰く、“「黒ネット」「白ネット」をやっつけて、時間とお金を取り戻す”

 

 著者は第一に、ウェブ上に溢れる情報や体験の中でも、自分にとって益のない内容を含むサイトをまとめて「黒ネット」として分割し、逆に、為になる豆知識や生活に必要な情報検索を「白ネット」としている。サイトの形式や媒体など特定の形ではなく、その人にとって「利」か「害」かで「白黒」を分けているのはおもしろい。

 例えば、筆者にとってはFacebookが何よりも有害であるとして、その内容に一喜一憂せず程良い距離感を保つに至るまでの試行錯誤が描かれている。

 

フェイスブックは友達同士で「リア充」を競いあう、壮絶なるシノギの削りあいです。

(中略)

フェイスブックのシノギの削りあいは書き込みの内容にとどまらず、コメントや「いいね!」にも及びます。わたしも、青山のレストランに行ったときは写真つきで報告するなど、いじましく自慢をしてきました。しかし、それに一件もコメントがつかないどころか「いいね!」すら押されないことがあり、自分の人望や人気のなさが数値として出たことに衝撃を受けました。

 

 この点、ぶっちゃけ僕にはさっぱりでした。「え?どうしてそこまで気にするん?」「疲れるならやめればいいのに……」とツッコみたくなるくらい*1

 写真を投稿することなどはあっても、そんな1日に何回もフィードをチェックして友人に「いいね!」をしにいくような使い方はしていなかったので。たまたま目に入って、それが「おお!」とたまたま何かしらを感じる投稿だったらポチるくらいっす。

 実際、筆者さんはFacebookによって疲れともうひとつ、「後悔」の感情を抱くようになり、それをきっかけに「節ネット」を志すようになったとか。ネットにおける「黒」と「白」を分類して節約するに当たっては、この「後悔」をまず基準としたそうです。

 

①黒ネット……見たことに対する後悔が大きいもの(優先度高)

②白ネット……ためになったり面白かったりで後悔はないもの(優先度低)

③無害……仕事や生活で必要なもの(節ネット対象外)

 

 この分類には得心が行きますね。まとめサイトなどでセンセーショナルに取り上げられがちな二項対立は、読んで得るものがあることは珍しい。ちょっとした知らない情報があったとしても、罵詈雑言飛び交うコメントに対するイライラにかき消されてしまうので。

 無意味だとわかっていても、どうしてそのようなサイトを読んでしまうのか。なぜ、怪しい情報だとわかりながらも最後まで読み進めてしまうのか。人によって理由はさまざまでしょうが、本文中で著者自身がしている指摘は、ひとつの真理を突いているようにも読めました。

 

わたしは、自分がなぜ「【確信犯】男だけど女性専用車両に乗ってみた結果wwww【視線が痛いんだけどww】」や「騒音おばさん」のような、不愉快な記事にまんまと釣られてしまうのか、その理由を考えてみたとき、「自分より程度の低い人を見て優越感を覚えて安心したい」という思いが根底にあることがわかりました。

わたしが黒ネットにはまってしまうのは、それが楽しいからではなく、本来安心を求めているのに、黒ネットからはなかなか安心が得られないどころか、イライラや自己嫌悪など、かえって不安が増してしまい、それを解消しようとまた黒ネットを見てしまうからなのではないかと気づきました。この堂々巡りでは自分が気の毒です。

 

通信環境の見直しと、「読まされる」から「使う」への転換

 後半部分では、 「通信」の視点から「節ネット」へと結びつけるための考え方を記しています。一口で言えば、「その高速通信と通信量とスマホ、本当に必要?」的な問いかけであり、データを示しつつ妥協点を探す格好ですね。

 

  • 本当に「定額使い放題」のプランを選択する必要があるか再考する
  • 通信の「速度」と「量」の要点を解説
  • プラン見直し、MVNO、フィーチャーフォンなどの選択肢を提示

 

 「Yahoo!のトップページに何回アクセスしたらこれだけの通信量になる」「YouTubeを快適に見るにはこれだけの速度が必要となる」など、具体的な数値を引用しながら広く「通信環境」と「通信費」を見直す内容。個人的には、MVNOの説明がわかりやすく読めました。

 通信云々に関しては割とガッツリと説明されているため、既に詳しい人にとっては退屈かもしれない。自分としても正直、思っていた展開とは異なっていて、もうちょっと「ネット論」的なものを読みたかったなー、と食傷気味な読後感は否めません。

 

 ただ、情報の選別にせよ、通信環境の見直しにせよ、「自発的に動かないと流され続けるだけ」という一点では主張が共通しており、またそれに尽きるのではないかとも思う。

 受け身のまま無価値の情報を“読まされ”ていては時間の無駄だし、日々移り変わる通信業界にアンテナを張っていなければお金が無駄になる。流動性が高く真偽も不確かな情報が飛び交うネットでは、意識的に立ち回らなければ容易く搾取される側に落ちてしまう。こわい。

 

消費者や野次馬が集まるサイトは所詮他人事ですので、荒れる可能性が高くなります。生産者、当事者になりましょう。手を動かすアウトプットが増えるので、リア充ライフにも貢献します。

 

 「リア充」になれるかどうかは甚だ疑問ではありますが、何にせよ、当事者として動いた方が「記憶」にも残りやすいし、実際に「記録」として残すことも可能だ。それゆえに、おすすめできる。

 さあ、シンプルでモダンなブログライフを無料で始めましょう。

 

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*1:「ブログ」に置き換えて、やっと何となくわかった。