ぐるりみち。

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落語に学ぶコミュニケーション『あなたのプレゼンに「まくら」はあるか?』

 

 自分という人間を一度殺し、師匠と同化する。

 ライフハッカーの著者インタビュー記事が目に留まり、気になっていた本書『あなたのプレゼンに「まくら」はあるか?』。落語に関する知識がまったくない、「落語?あれっしょ? じゅげむじゅげむ?」というレベルの自分でも、楽しく読むことができました。

 サブタイトルに「落語に学ぶ仕事のヒント」とありますが、書かれているのは文字どおりの “ヒント” に留まるものかと。とは言え、そこで示されている方法論はどれも興味深く、「そういうのもあるのか!」と膝を打ちながら読んでおりました。

 意外と身近でおもしろい「落語」の世界。その中へ誘う入門書として魅力を紹介しつつ、仕事の場でも使えるコミュニケーション方法を提示する、良書でございました。読み終えたらすぐに実践したくなる、具体的な手法もありますよ!

 

自分を殺し、師と同化する/「師弟関係」の本質

 著者はイェール大学を卒業後、三井物産に入社した3年目に一念発起、落語の世界へと足を踏み入れた、立川志の春*1さん。それまでは特に落語に触れることもなく過ごしてこられたそうですが、師匠・立川志の輔*2さんの落語を聴いて衝撃を受ける。落語にハマり、その道を志し、考えに考えた結果、会社を辞め、弟子入りを志願したそうな。 

 その歴史は古く、日本の伝統芸能でもある「落語」。昔ながらの師弟関係や慣習も多く残っており、いわゆる「プロ」になるには、長期間の修業と数々の段階を踏んで成長しなければいけない。

 そしてその第一歩目が、弟子入り。師匠の下での鞄持ちから始まるとのことですが、その過程で必要とされるのが、価値観や思想を含めたそれまでの「自分」を徹底的に “殺す” 生活だった。

 

 本書の前半では、著者自身が志の輔さんの下に “弟子” として入り、 “師匠” の一挙一動を観察しながら過ごす、数年の修行期間を記しています。この平成の世において、実際に「師弟関係」を結んでいるような人は少ない印象を持つし、時代錯誤と考える向きもあるなか、いったいどのようなことを学ぶのだろう――と思ったら、これですよ。びっくりした。

 落語における師弟関係は最近流行のパワーハラスメントでもブラック企業でも、ただ単に師匠の前で調子良く振る舞う「よいしょ」でもありません。師弟関係の目的は、徹底的に気を遣い、相手と同化する経験を身を以て体感するということにあると思っています。

 曰く、「落語」という伝統芸能を、その文化を「自分ごと」として取り入れるには、まず第一にまっさらな状態にならなければいけない。自分の価値観などを一切排除し、ほぼ無色透明となった状態で師匠の芸や心構え、所作を観察・吸収し、全肯定と共に受け入れることによって、初めて落語の本質を識ることができるのだ、と。

 

 筆者・立川志の春さん自身の個性を持った落語を作り出すにしても、元となる「型」がなければ何も始まらない。その「型」を「自分ごと」として体得するには、まず師匠たる立川志の輔さんと徹底的に同化しなければならない。そうすることが、立川談志*3さんも含めた “立川流” の落語を継承していくことにつながる、との話でした。

 最近の言葉で言えば、「メンター」を持つこと――と言い換えられるかしら。複眼思考や個性を発揮するためには、その元となる「型」を習得する必要がある。だからこそ、特定の人に師事するのには大きな意味がある。

 

 本書では続けて、ビジネスの場でも使える「師匠を選ぶ基準」として、「実力に心底惚れている人」「なかなか自分を認めてくれない人」を選ぶことを勧めています。継続的に他者を受け入れることで、自分の思考を立体化させることにも繫がる、と。

 優秀な人間でも、1人の人間が持てる視野には限界があります。気づかないうちに思い込みに囚われ、思考を制限してしまうこともあるでしょう、だから自分とは違った存在を出来る限り自分の中に入れることができれば、視野が一気に広がり、思考が立体化します。

 詳しくは、ぜひ本編で。 “思考の立体化” という表現が、個人的には好きです。

 

自分と相手をリンクさせる「まくら」

 さて、本書のタイトルにもなっている「まくら」ですが、これは落語において重要なだけに留まらず、日常生活でも活用できるひとつの「技術」として読めました。「まくら」が必要な理由について、著者は次の2つの理由を挙げています。

  • 「相手が何を求めているのか」という当たりをつけて語る
  • 内容と相手の頭の中をリンクさせる

 さらに、「ビジネスシーン」における一例として、以下のように続きます。

 たとえばIT企業に勤めている人は、顧客のITリテラシーが高いか低いかによって話す内容やトーンを意識して変えているはずです。特定のクライアントにプレゼンテーションをする際は、「相手が何を求めているのか」があらかじめわかっているかもしれませんが、それでも相手がどれだけの事前知識を有しているのか、どのような気持ちで臨んでいるのかは、当日にならなければわからないケースもあります。

 この手のビジネスにおけるトークに関しては、書店に行けば、数多くのハウツー本が並んでいる分野ではあります。営業にせよプレゼンにせよ、相手を引き込む会話術というのは誰もが求めるところ。

 つまり、一面的には語り尽くされたトピックとも言えます。しかし、それを大小さまざまな会場で、条件も客層も異なる多彩な催しにおいて、日常的に実践している「落語家」という立場から語る「まくら」の重要性には、さすがの説得力があります。

 

 落語の場合、意識するのは目の前に座っているお客さんに限りません。複数の落語家が順々に話す寄席では、前座・二つ目・真打ちの階級によって、果たすべき役割も変わってくる。

 ゆえに、その第一球である「まくら」の重要性はとても大きいものであり、それを日々試行錯誤している落語家さんの視点から語られる言葉には、思わず頷かされるものでした。

 

 後半には、「リズム・間・調子」というわかりやすい話し方の基本から、話題展開の注意点、日常会話でも使える「ネタ」のフレームなど、役立つ知識がいっぱい。単純に「話し上手」を目指すための技術はもちろん、広い意味での “話す” 行為そのものを再考できる内容となっています。

 特に印象的だったのが、「落語はアートとサービスの間にあるものだ」という師匠の言葉。なんとなくわからなくはないのですが、これはきっと、実際に落語の世界を見て、聴いて、触れて、ようやく肌で実感できる感覚なのかな、と思いました。まずは一度、ちょろっと覗きに行ってみようかな。

 

※追記:実際に行ってきました。

 

 

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