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ぐるりみち。

日々日々、めぐって、遠まわり。

『記者たちは海に向かった 津波と放射能と福島民友新聞』を読んで

 振り返ってみれば、過去に触れてきた小説・映画・コミックなどの作品において、特に印象的な「ノンフィクション作品」というのはこれまでなかったように思う。

 

 いくつかの理由は思い浮かぶものの、最も大きな要因は「入り込めないから」なのではないかと、自分なりに推察できる。どこかの有名人の話にせよ、一般の人の経験談にせよ、それが事実だということは認識できても――認識してしまうがゆえに――“入り込めない”。

 その物語に主体たる実在の人物が存在しており、実体験から物語られた創作であることはわかる。でも、だからこそ、それが本当にあったことだと“想像”できても、他人目線で“実感”できない。「自分ごと」として考えられないために、どこか冷めた読み方、見方をしてしまう印象があった。

 

 

 そんな経験もあり、本書『記者たちは海に向かった』を読み進めて、止まらなくなっている自分に驚いた。正直に言って、序盤はいつもの“冷めた”自分の読み方をしていたのだけれど、全17章構成の2章に差し掛かる頃には、これは一気に読まねばと、他の作業をほっぽり出して没頭してしまった。

 

 それが、著者の作家としての力量によるものなのか、または、“自分ごと”として少なからずは経験のあるテーマに共感できたからなのか、それとも、3月11日という今日を選んで読んだことに起因するのか、はたまた、その全てなのか。

 はっきりとした理由はわからない。それに、話題が話題なので、本当はブログに感想を書くつもりもなかったのだけれど。これだけビリビリ来た読み物は久しぶりだったので、読後の余韻が覚めないうちに、印象的だった部分を簡単にまとめておこうと思います。

 

 

危機的状況下では、眼前にしか視線が向かない

 本書『記者たちは海に向かった 津波と放射能と福島民友新聞』はタイトルの通り、2011年3月の東日本大震災を取り上げた、ノンフィクション本。初版の発行が2014年3月ということ、そして本編の書き口を鑑みるに、綿密な取材の上で執筆された本であることがわかります。

 自分が過去に読んだ震災関連本と言えば、国内外のソーシャルメディア上で起こった動きをまとめた『検証 東日本大震災 そのときソーシャルメディアは何を伝えたか?』、それと、物流の側面から見た『Amazonの3.11』の2冊くらい。いずれも、現地の様子を詳細に伝えるものではない。

 

 それゆえに、被災地の中でも地震・津波・放射能の被害を出した浜通りを含めた、福島県で奔走する「記者」たちの体験談には、ある意味で映像以上の生々しさを覚えた。ウェブ上に投稿された動画や、NHKで繰り返し流されていた津波の映像による印象もあるかもしれないけれど。

 

 正直、最初は理解ができなかった。地震発生直後、情報が伝わらず、現状が把握できていない中であったとしても、真っ先にカメラを手に海へと向かう記者の方々の行動の理由が。

 しかし、自身の役割を全うするべく極限状態の中で動く彼らの話を読み進めていくと、その印象も変わってくる。同時に、これまでろくに考えもしなかった「新聞記者」という職業の姿が見えてくるような、本書はそんな構成になっています。

 記者としての“本能”、あるいは“職務”として刻まれた役割によるものか、あまりに大きなことが起こりすぎて、目の前のことにただ当たるしかできなかったのか。いずれにせよ、いろいろな要因が重なったことが彼らを動かし、その結果、生死までもが分かたれてしまった。

 

 なぜ、カメラに手をかけようとしたんだ。なぜ、最初から助けようとしなかったんだ。おまえは、なぜカメラなんかに手を伸ばそうとしたんだ。おまえは、なんで助けなかったんだ……。

 津波から逃げながら、木口の頭の中を、そんな言葉がぐるぐるとまわっていた。

 おまえは何だ! おまえはなぜ人を助けないのか! おまえは記者である前に「人間」ではないのか!

 死の恐怖にがたがた震えながら、木口はアクセルを踏みつづけた。助けられなかった命の重さが、運転席にいる木口の全身に覆いかぶさっていた。

 

「僕らは、ペンとカメラしか持ってないんです」

門田隆将「記者たちは海にむかった 津波と放射能と福島民友新聞」|KADOKAWA

 

 「内容紹介」のページでも書かれているように、本書では、津波の犠牲となった一人の新聞記者を大きく取り上げつつ、彼と関わりのある周囲の人を中心に構成されています。

 一冊を通して記されているのは、「新聞記者」という職業について。緊急時にこそ職務を果たすべく行動し、大勢の人とか変わるがゆえに背負う軋轢や責任に苦悩しながらも、ただただ「記録」に従事する人たち。

 ある意味では、震災に際して巻き起こった、人間のあらゆる感情の渦のまっただ中にいたのも、彼らなのではないかと思いました。加えて、“記者”としてだけではなく、“個人”としても思うところ、抱えているものがあると考えれば、その重荷はどれだけのものなのか想像もつかない。

 

 もちろんそれは、直接の被災者でなくとも、あの震災に際して何かしらを思い、考え、経験した全ての人に当てはまることなのだと思う。一人の人間が数年をかけても整理できないような、そもそも整理することができるのかもわからないほど大きな出来事に、「〜〜が正しい」と答えを見出そうという方が、無理があるようにも見える。

 あれから4年と言うけれど、“もう4年”なのか、“まだ4年”なのかは、当時の震災を経験した人の数だけ印象が異なってくるのでしょう。大きな自然災害に留まらず、震災は大勢の人間の生活を一変させた。他方では何の影響もなかった人もいるだろうし、今でも感情の行き場がわからず戸惑っている人も、決して少なくないと思う。

 

 感情を出すということはすごく疲れるんです、と神保は言う。

「泣くことに疲れるんです。実は、熊田君に助けられた大工の阿部さんに、僕もお会いしているんですよ。阿部さんも、逃げろと合図してくれた熊田君をなぜ助けられなかったんだろうか、という自問自答があったと思うんですよ。それを人に話すことが本当にいいことなのか、ということも阿部さんはずっと悩んでおられたと思うんです。いろんなことを心の底に押し込んで、みんな生活していると思うんですよ」

 そう語り、神保はとても二十代の若者とは思えない寂しそうな表情を浮かべた。

 

 それでもやっぱり、日常生活を送るためには、あれやこれやを整理したつもり、わかったつもりになって、過ごしていく必要があるのかな、とも。僕自身も、当時の諸々の経験や感情も全部取っ払って、“そういうもの”として生活してきたわけで。実際、今日も震災関連の記事を書くつもりはありませんでした。

 それが、ふとKindle端末を見て、積ん読状態だった本書が目に入ったことで、「せっかくの機会だし……」と読んでみた結果、いろいろと取っ払ってたものを思い出した。それが良いことなのか、悪いことなのかは別として、“思い出す”きっかけをくれた本書には感謝したいです。

 

 特に印象的だったのは、エピローグの部分。活字を読んでいて、頭をグワングワンと揺さぶられるような、感極まって何かいろいろ出てきそうになる思いをしたのは、久しぶりでした。感動とか、怒りとか、そういった感情じゃなく、“なんかよくわからないけど感極まってしまう”感じ。

 きっと、読後のこの“よくわからん感じ”も眠りにつけば吹っ飛び、“思い出し”た諸々も目覚めた頃にはどうでもよくなっていて、普段通りの生活に戻るのでしょう。でも、そういえば自分は「ブログ」なんてものを書いていることを思い出してしまったので、とりあえず殴り書きとして記しておきます。

 

 「記録」の意味って、なんだろう。

 

 

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