ぐるりみち。

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供給と消費の省エネ化に対して、個人として「好き」を発信する

 

 読みました。なるほどなあと思いながら、いろいろなモヤモヤが残る感じ。
 マーケティングの話は門外漢なので一個人の感想として、思ったことをつらつらと。

 

消費者視点では、余裕がない

 マーケティング云々といった知識はかじった程度しか持っていないので、一個人の感覚として考えてみると、複数の意味で消費者に「余裕がない」ことは否めないと思う。

 長引く不況やら消費税増税やらで、金銭的な余裕がない。会社と家を往復するだけの日々で、休日は疲れてバタンキュー。時間的な余裕もない。

 

 それに対して、インターネット上のコンテンツ量は10年ほど前と比べればかなり多くなっているんじゃないかと。

 新興メディア、ニュースサイトが続々と現れ、動画投稿サイトや創作サイトなど、ネットサービスも多岐にわたる。個人ブログまで加えたら、もうわけわかめ。インターネットの「多様性」は、相変わらずなのでしょう。

 

 けれど、そんな莫大なコンテンツ・情報量を捌くことは、時間的に余裕のない個人の力では難しい。よほど好きな人であれば続けられるだろうけど、それもランキングや新着を眺めるだけの作業になってしまいがちなのではないかしら。

 ゆえに大局に流されやすく、「信者」or「アンチ」のような二極化も一部では進んでいたように見える。特定のまとめサイトに人が集まり、誤報やデマ、あるいはセンセーショナルな記事に対して盲目的になってしまうのも自然な流れだったのかもしれない。

 

 他方では金銭的な余裕もないから、消費行動においてもなるべく「ハズレ」を避けるように、型にはまったものとなってしまう。レビューサイトで評判の製品を購入し、ランキング上位のアーティストや作家の生み出すコンテンツを消費し、迷わず周囲の流行に乗っかっていく。

 それ自体は決して悪いものではなく、むしろ時間・お金の節約という意味では当たり前の、賢い選択だとも思うのだけれど。でもそれは「ハズレ」を引かないだけであって、「大当たり」や「大好き」を見つけることには繋がらないようにも見える。

 文字通り「消費」しているだけで、感動や経験、学びや気づきといった、後に残るものがあるのかどうか。でもでも、そんな時間をかけてコンテンツに触れるわけにもいかず、結局はテンプレ的な流れ作業に従事してしまう感じ。自分で探すこともできない。ぐぬぬ。

 

供給も消費も「省エネ」がトレンド?

 消費者側がこうした安定的な消費行動をするようになれば、供給者側としても「冒険」はしづらくなってくる。これは、冒頭のRootportさんの記事でも指摘されています。

 

供給者の視点では「奇をてらったものは売りにくい」という戒めだ。イノベーターが減ったのだとしたら、当然、見たこともないような新製品は売りにくくなるはすだ。友人のため息の理由でもある。どんなに新しい発想の製品でも、消費者に「見覚えがある」「なじみがある」と感じさせる部分を残すべきだろう。

 

 新しいものに飛びつく人が減り、多くの人が他者の評価に追随するようになったことで、「変なもの」「おかしなもの」は売りにくくなった。

 どこか似たり寄ったりの、「見たことあるけど細部は違っておもしろい!」ような商品・コンテンツが好まれるようになった。

 

 独特のカルチャーを持ち、既に型のできあがりつつあるアイドル界隈とか、かわいい女の子キャラだけが登場する日常系アニメとか、BPMが速めだったり和ロック調だったりの曲が好まれがちなボーカロイドとか。

 ファンからすれば心躍る、おもしろいものなのだけれど、知らない人が見ても聞いても、ぶっちゃけよく差が分からないんじゃないかと思う。でも、ファンとしてその違いを楽しむのも悪くないし、特定のアイドルを追いかけてもいいし、心ぴょんぴょんしたっていいのです。

 

 そんな事情を鑑みると、消費者も供給者もどうも「省エネ化」が進んでいるように見えなくもない。

 作る側からすれば、新しいものを創造し形にするにはエネルギーを必要とするし、それに触れる側も、未知のものに向き合うのは疲れる。知らないものを一から咀嚼し、理解するのは難しい。時間もかかる。

 

 だからこそ省エネで、身体にも精神にもお財布にも休日にも優しい「テンプレ」に安心する。それは自分の価値観や心を根本から揺さぶるようなものではないけれど、代わり映えのない日常の程よいスパイス、癒やしとなってくれる存在。

 ほどほどが、ちょうどいい。

 

テンプレを気にせず「好き」を探しに外に出る

 さらに、コンテンツのテンプレ化が個人制作のものにも及んでいるように見えるのが、最近の傾向。いや、昔からそうなのかな?いま話題のYouTuberとか、自分の周りで言えばブログとか。

 

 いずれも、書店に行けばハウツー本がたくさん置いてあるし、実際に動画を見たり記事を読んだりしてみても、流行りの商品の紹介や、話題の時事ネタに関して言及したものは多く見られる。

 もちろん、その中でも個性的な「おもろい」発信者さんはいるのだけれど、「型通り」過ぎてあまり魅力を感じない人も少なくない。「個性」といった付加要素を織り交ぜたり、戦略的な運営ができるならマニュアルも強いと思うけれど、型に沿っただけだとどうも……。

 

 その辺は僕が偉そうに言える立場ではありませんが、それでもどこかに自分なりの「」を持っておくことは大切だと思う。例えば、自分の「好き」なものに関してだけは妥協しない、そんな心構え。

 ぶっちゃけ、これだけ情報が多すぎる中で、何でもかんでもコンテンツを一から調べて探して触れようなんてことは無理でしょう。なので、自分が妥協するものと妥協しないものを明確にしておくこと。これ、普通にやっている人も多いと思うけれど。

 電化製品は詳しくないから、常にレビューを参考に。テレビも見る時間がないから、周囲で流行ってる番組を追いかけるだけ。音楽もランキングを最低限チェックする。……だけど、本に関しては妥協しない、毎週末は書店をハシゴしてやる、みたいな。

 

 そして消費者の視点で得られる教訓は、「イノベーターたれ」だ。

 インターネットがあれば、他者の評価をすぐに得られる。たとえば映画を見たとき、すぐに他人の感想を読みたくなる。共感を得たいからだ。しかし、結果として自分の感想を自分で考えなくなってしまう。さらにインターネットの世界はクラスター化が進みやすい。自分の見たい情報だけを見て、自分の居心地のいい価値観に安住してしまいがちだ。

 自分の世界を広げるために、馴染みの薄いものにも手を出すよう心がけたい。もしかしたら苦い経験をすることになるかもしれないが、新しいものにチャレンジするのは悪いことではない。さもなくば、井伏鱒二の『山椒魚』のように身動きがとれなくなるだろう。

 何より、私たち1人ひとりがイノベーターたろうとすることで、インターネットをランキングの砂漠から救えると思うのだ。ネットの世界を、わくわくするような創造性のジャングルにしていけると思うのだ。

 

 Rootportさんの仰るとおり。さらに、イノベーターなんて大層なものにならずとも、具体的な行動ひとつで簡単に視点を変えることはできると思うのですよ。さっきの“書店をハシゴしてやる”じゃないけど、ネットの外に出ることはひとつの考え方かと。

 企業としての供給者が冒険しづらくなっている反面、個人が「好き」を発信し、それがコンテンツとして認められて大衆化するような流れも他方では起こっているわけで。

 

 僕の勝手なイメージですが、いま日本で最もコンテンツの「多様性」が担保されている場所のひとつに、コミックマーケットに代表される同人誌即売会があるんじゃないかと思う。

 もちろん、あそこはあそこで流行の作品が二次創作として消費されている一面はありますが、その他ジャンル、特にオリジナルの創作系同人誌の分野は雑多でごちゃごちゃしていて、最高におもしろい(※個人の印象&趣味嗜好です)。

 

 特定の調味料やニッチすぎるグルメ情報、看板の写真集とかおばあちゃんの豆知識とか、法律の解説書に住宅物件情報などなど、もう何でもありのカオスっぷりがたまらない。しかも、それらを誰もが主に自費で「好きだから」という理由で作っているという点。

 ネットでもそのようなニッチなコンテンツは探せばいくらでもあるのだろうけれど、どうしても情報過多で見つかりづらくなっている実情があるように思う。それゆえに、一部では「即売会」というリアルの発信場の価値が徐々に再評価され始めているのではないかしら*1

 

 そこまでマイナーなものでもなくても、特定分野で自分の「好き」を発信することには意義があるはず。ジャズには一家言あるとか、B級映画が好きでたまらないとか、あの作家さんの作品だけは全部集めて読んでいるだとか。

 

 ブログにせよYouTubeにせよ、ネットでの流行を追いかけてそれを戦略的にコンテンツとして発信していく方が、PVや収入といった数字的には確実なのかもしれない。

 けれど、どうせ語るなら自分の「好き」を発信した方が楽しいだろうし、長く続きやすいと思う。未知のものに触れるのは疲れる、とさっき書いたけれど、流行を追いかけるのだって疲れるもの。どっちにせよ消耗するなら、自分の「好き」な分野で疲れた方が良い汗かけるんじゃね?

 

 冬コミが楽しみでごんす。

 

 それと、人気・不人気に関わらず、ある製品や作品、コンテンツがニュースサイトやブログで取り上げられると、いまだに条件反射的に「ステマ」と罵る人がいるのはびっくり。

 実際、中にはそのような宣伝もあって当たり前なんだろうけど、そうして「好き」を語る場を狭めていくのは、供給者側にも消費者側にも損なんじゃないかしら……。

 

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*1:ニコニコ動画系のリアルイベントも、同様の取り組みなんじゃないかと。