ぐるりみち。

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中学生がJ-POPの歌詞を小説にするのはどうしてなんだぜ?

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photo by m01229

 

 はい……私です……(震え声)
 た、たぶん、書きやすいから、じゃないかな?

 

 おそらく、分かる人にしか分からない話だと思うんだけど、中学生のくらいの時期に、そんなこと、ありましたよね? ――え? ない? あ、はい。ごめんなさい。 

 

 

好きな歌をイメージした創作小説

 今はどうなのか分からないけれど、僕が中学生くらいのときには、そんな個人サイトが結構多くあったような記憶がある。自分の好きなアーティストの、好きな歌詞からイメージした、創作小説。ショートストーリー。

 いわゆる二次創作小説、“SS”とは別物になるのかな?

 



 好きな歌から“イメージした”というよりは、“着想を得た”の方が近いかもしれない。

 自分が好きな歌詞から物語を描き出して、それを自分のオリジナルキャラクターや、時にはマンガやアニメのキャラに投影して、ひとつの小説とするような。そんな文化圏がありました。夢小説*1界隈にも多かったような。

 「元ネタ」となるのは、流行りの曲だったり、その中でも歌詞が物語調のものだったり。勝手なイメージとして、BUMP OF CHICKENがとにかく多かったような気が。確かに、明らかに物語性の強い楽曲は多いけれど。

 

 ――と思って検索してみたら、やっぱり結構あった。

 そうそう、こんな感じこんな感じ。懐かしい。検索結果1番目の「やらない夫」が激しく気になって思わず読んでしまったのだけど、良い話だった。青春だ。

 「創作小説」と聞いてパッと思い浮かんだふたつのサイトでも検索してみたら、意外とあった。良かった。廃れたわけじゃなかったんだ。個人サイトから、小説投稿サイトへと場所が変わっただけなのかな。

 

音楽+小説が大人気のボーカロイド曲

 でも考えてみれば、ボーカロイド曲があれだけ人気なわけだし、むしろ中高生の間で「音楽+小説」のコンテンツが流行っていてもおかしくないんだよね。

 『カゲロウデイズ』*2を始めとして、一曲、あるいは複数の楽曲にわたって、ストーリーが展開されるボカロ曲は少なくない。

 アニメイトはもちろん、ちょっと大きな書店に行けば、文芸の他にライトノベル、さらに「ボカロ小説」専用の棚があるくらいだし。もはやひとつの文化っすよ。ぱねえっすよ。

 

 そんな大人気なボカロ小説があるのに、二次創作が盛り上がっている話をあまり聞かないのはなんでだろう……と考えて、そうか、あれは作者によって「完成」しているからだ、と思い至った。

 正確には、そもそもが明確な「物語」として歌われているので、話を広げるのには向いていない、と。自らその先を想像するよりは、より原作を深く深く知りたい、「解釈」に対する欲求の方が強いんじゃないかしら。僕の観測範囲が狭いだけで、実際は盛んなのかもしれないけど。

 pixivでもイラストはよく見るけど、小説は調べても……あ、あった。うん、『カゲロウデイズ』の一強だ、これ。

 盛り上がってるんじゃん!やったー!

 

そういえば、自分も書いてた

 学生時代は文芸系のサークルに所属していた身。

 しかも、その機関誌の編集長を任されていた立場なので、「おまえらちゃんと書けよな!」と自信を持って言うために、原稿は他の人よりも多く提出していたのです。べべべ、べつにたのしかったわけじゃないんだからねっ! えへへ。

 そして、昔っから几帳面な僕氏は、しっかりと当時の原稿を、目次や表紙デザインまで含めて、全員分、ファイルに保存してあった。ちゃんと昔のパソコンから外付けHDDに移行してるし! わぁい! 黒歴史がいっぱい!!

 

 絵描きになりたい――。小さな頃からずっとそう思ってた。
 だから。広い世界が見たくて。夢を叶えたくて。つまらない日常から逃げたくて。私は、家を飛び出した。


 人が夢を持つのに、他に理由なんていらないよね?


 この世界は空っぽ。無感情な人間と無機質な機械が暮らす街。

 必要なことは全て機械がやってくれるから、私たち人間は思い思いのことをして日々を過ごしてる。そこに肉体としての活動はなくて、毎日毎日、ただディスプレイに向かい、どうでもいいような会話をして寝るだけ。

 全てのものは平等に与えられる。食べ物も、家も、家具も、家族すらも。だから、私の両親が立体映像なのも当たり前のこと。

 私が生きているのは、そんな世界だった。

 

 退屈な日々。変わらない毎日。今の生活に嫌気がさした私はある日、ついに逃げ出す決意をした。

 きっかけは、一枚の手紙。いまどき、手紙なんて出す人がいるなんてなんて、よっぽどの物好きなんだろうね。ふと家の前の錆付いたポストを覘くと、それは当たり前のようにそこにあった。

 

 中には、一枚の写真。差出人は、不明。

 

 その写真には、今までに見たこともないようなきれいな景色が写されてた。整然と並ぶ建物の様子を見ると、多分、この街のどこか高いところから撮ったんだと思う。

 それだけだったら、この街が嫌いな私にはとてもつまらなく見えたんだろうな。でも、この写真は違った。

 何と言っても、街の上、一面に広がる青空。なんてきれいなんだろう!建物に遮られた地上からは見えないような、遥か彼方まで拡がる透き通るような青。そこに浮かぶうろこ状の細かい雲たちは、まるで魚の大群が泳いでいるみたい。

 その写真は、例えるなら、つまらない日常に投じられた一粒の劇薬。私は、その効用に耐えられそうもなかった。今の生活は嫌だ。私には夢があるんだ。今のままじゃだめなんだ…!

 

 かばんに詰め込んだのは、絵本と人形、紙とクレヨン。これだけあれば何もいらない。この街の中でなら、なんとかやっていけるはず。今の生活から逃げ出してやるのよ!

 他の人がどう思ったって関係ない。私は、私のやりたいことをやるんだ!

 

 ――神様がくれた、この世界が、大嫌いだから。

 

 あらやだ、恥ずかしい……。

 

 これ、わしの原稿。その導入部。全部で3,500字くらいの中の一部。何年ぶりかに読んで思うけど、非常にたどたどしいですね。勢いは大事だと思うけど。うふふふふ(暗黒微笑)。ちなみに、元ネタの曲はこれ↓っすね。

 

 

 今となって考えてみると。好きな楽曲を元に、歌詞を物語に落としこむのって、創作小説としてはやりやすそうで、意外とバランス感覚が難しいんじゃないだろうか。

 元となる歌詞があるので、要所要所は書きやすい。けれど、自分で脳内補完した部分と、原作の世界観をうまく合わせた表現をしないと、どうも中途半端なものになってしまう印象がある。

 

 「好き」で楽曲の設定を借りて書いているわけなので、どうしてもその「好き」が前面に出てきちゃうのよね。「この言葉は使いたい!」「ここだけは削れない!」と元ネタをフル活用した結果、歌詞の後追い、かつまとまりのない文章になってしまう感じ。

 その辺のバランス感覚が取れないのであれば、そもそもオリジナルを書いた方がいいんじゃないか、とも。もしくは、もっと抽象的な歌詞を引用するとか。「J-POPにありがちな歌詞」シリーズですね。ここから物語を膨らませられれば、もう最強……?

 

 うーん、小説って、どうやって書けばいいんだろう……。

 

 記事タイトルに対する解は、同人活動全般に共通して言えることだと思う。結局は単純な話、「好きだから」。そこで完結させず、世界を広げたくなっちゃうんですよね。

 

 

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