竹宮ゆゆこ『知らない映画のサントラを聴く』贖罪と、人生を回り続けるための物語


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新潮文庫nex

 ぐーるぐるっ。ぐーるぐるっ。
 ぐーるぐるったら、ぐーるぐる。

 「回転」は、自然のルール。
 地球の自転を止められないように、誰も逆らえない、絶対不変の規則。

 ふとしたとき、やべっ、止まっちった、なんて思うこともあるかもしれない。
 ところがどっこい。何事もなく世界は回り続けるし、自分も回され続けている。

 ほら、中島のみゆきさんも回っ……歌っているじゃない。 “まわるまわるよ” って*1。とんでとんで……*2

 さあ、回転しよう。寿司の如く。

竹宮ゆゆこ劇場版『便所サンダルvsコスプレ男vsアメリカ』

 新潮社の新レーベル「新潮文庫nex」より、竹宮ゆゆこさんの『知らない映画のサントラを聴く』を読みました。新作……というか、一般文芸?としては何気にデビュー作、になるのかな?(※新潮文庫nexについては、本記事下部で簡単に取り上げております)

 竹宮さんと言えば、代表作は電撃文庫の『とらドラ!』

 ライトノベルとしては、ベタなハーレムものではなく、中盤以降は各登場人物の心理描写、高校生ならではの青臭さを描きつつ、容赦なく人間関係の生々しさを見せつけてくれる、ひっじょーに濃ゆい、読んでいて辛くなるほどのドロドロ感が魅力的な作品でした。

 次作、『ゴールデンタイム』では、大学生のモラトリアムなはっちゃけ具合を存分に描写し、当時大学生だった自分からすれば、そちらも生々しすぎて「つらい……」と共感しながらも、なんだかんだで好きな作品でございました。ラストはともかく、 “幽霊” には痛快に騙された。

 さて、高校、大学と来て、本作『知らない映画のサントラを聴く』の主人公は……まさかの、無職女性。おいやめろ、どうしてピンポイントで自分の現状を狙ってくるんだ。ぼく男だけど。

 主人公、錦戸枇杷(びわ)は、日々をぐうたらと実家で過ごす無職23歳。基本装備は便所サンダル。就活はせず、忙しい家族の分の家事だけは完璧にこなし、「私がいないと駄目だよね〜」と、“パラサイトなう”な現状を正当化しているダメ人間。あれ……?目から汗が……。

 そんな彼女にも、ひとつだけ欠かせない習慣が。過去、夜の住宅街で自分を襲い、他の何よりも大切な一枚の写真を奪った、セーラー服姿の変態女装男を見つけるため、深夜の街を探しまわること。な、何を言ってるのかわからねーと思うが、まあそんな感じ。

 無職&寄生虫状態にもそれなりの理由があり、「奪われた写真」と、たった一人の親友である帰国子女の「清瀬朝野」が鍵となり、物語の骨子が明らかにされていく展開です。

 そう来るか! というものなので、ぜひ読んでいただきたいところ。作者の過去作品とその “あとがき” を読んできた身としては、「あれ?これ、作者じゃね?」と思わされる、おっさん臭さ全開(褒め言葉)の主人公と、周囲の人間とのアホっぽいぶっ飛んだやり取りに笑わされました。

ついてまわる“罪”の意識と、設定上の“敵”と、“贖罪”と

錦戸枇杷。23歳。無職。夜な夜な便所サンダルをひっかけて“泥棒”を捜す日々。奪われたのは、親友からの贈り物。あまりにも綺麗で、完璧で、姫君のような親友、清瀬朝野。泥棒を追ううち、枇杷は朝野の元カレに出会い、気づけばコスプレ趣味のそいつと同棲していた…!

朝野を中心に揺れる、私とお前。これは恋か、あるいは贖罪か。無職女×コスプレ男子の圧倒的恋愛小説。

 裏表紙のあらすじが、こちら。煽り文句として「圧倒的恋愛小説」と書かれてはいるけれど、うーむ……れん…あい……?

 どちらかと言えば、最初から最後まで「贖罪の物語」としての印象の方が、個人的には強かった。絶望に打ちのめされ、行き着いた先で自身の “罪” と直面し、親友が敵として牙を剥く。

 やべえよ……救いがねえよ……な展開なのに、思い出したように差し込まれる“竹宮ゆゆこ節”の軽妙なやり取りのせいで、台無し……もとい、良い具合に緩衝材となっているような気がします、はい。この辺は、『ゴールデンタイム』っぽい。

 おそらく、この物語を読んで「刺さる」と感じる層は、相当数いるんじゃないかと思う。何か取り返しの付かないことをしてしまったり、大切なものを失ってしまったりしたときの処方箋。

 本質的で辛い内容かもしれないけれど、そこで教えてくれるのは、「罪」の意識との向き合い方であり、過去を鑑みた上で、これからも「回り続ける」ための回り方。それはきっと、読者のエネルギーたり得るものだと思います。

 想像の中で、枇杷はハサミを差し出す。おーい、と誰かに向けて振り回す。同じ溝に嵌った誰かがいて、そして気づいて、掴んでくれたなら。

 そうしたら一緒に回転してみようか。

 今度はちゃんと、ゆっくりと。跳びたくなるまで、落ち着いて。

 こうして見ると、冒頭に持ってきた2曲の歌詞も “それっぽい” ような。読み終えた後に聞くと、妙にしっくりきて怖い。そのうえで、物語のタイトルが効いてくる。……そういえば、CDも “回る” ものですね。

 読み終えたら、「枇杷」の花言葉を確認してみませう。
 弊ブログにぴったりの作品でございました。ぐーるぐる。

 

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