ぐるりみち。

平成生まれのフリーライターのブログ。本・映画・マンガ・アニメの各種レビューに、旅行・グルメ・街歩き日記など。

迷ったら、とりあえず「経験値」を稼ぐように立ち回ろう

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 どうも、無職です。「人生は選択の積み重ね」なんて、聞こえのいい言葉をたびたび耳にしますが、まあその通りなんですよね。自炊すればいいのに、ファーストフードに通い続けるから体調を崩すし、貯金ができないんですよ、まったく。ぷんぷん。

 

「つまらない日常」ですらも、自分自身の選択の結果だと言うことができる。“いつも通り”に、“何もしない”を「選択」し続けていることによる帰結。「A」か「B」かの選択だけではなく、「何もしない」という選択肢もあるのです。

日々を楽しく過ごすための「振り返り」とハム太郎メソッド

 

 こんなことをちょっと前に書きましたが、そのときには、「選択肢の選び方」については触れていなかったので、ちょっと自分なりに考えてみませう。

 メタルスライムを探して放浪するか、地道にスライムを狩り続けるか。

 

スライムを倒し続けるのに飽きたので、会社を辞めた

 「僕が新卒で入社してから辞めるまで」「仕事を辞めるタイミングと、辞めた後を考える」などの記事でも触れていますが、僕が仕事を辞めた理由のひとつに、

 飽 き た か ら

という、とてもふざけた理由があります。

 もう少し具体的に書くと、「30代、下手すりゃ40代まで、ずーっと同じ仕事で、肉体労働なんかやってられるかーっ!」という、自身の肉体を気遣ってのことでもありまして。

 

 だって、自分の父親くらいの年齢の先輩が、「腰がヤベえ」と苦笑しながら、結果を出せないという理由で新入社員と変わらない仕事をこなしているのを見ると、なんかもう……ね……。

 僕には守るべき家庭もありませんし、早くも腰に違和感が現れ始めていたこともあって、「じゃあ、いっかー☆」と、ちゃちゃっとドロップアウトさせていただきました。上司によると、「上に上がれるのは一部だけ」との話だったので、それならば。運ゲーとは言え、営業成績は同期中上位に入ってはいたのですが、それを続けるのもキツいかなー、と。

 

 仕事内容、担当顧客、共に変化がなく、言わばひたすらスライムを狩り続けるようなルーチンワーク。そのくせ、自身のヒットポイントを少しずつ削って、棍棒を振り回し続けているような。

 いや、どちらかと言うと、アレっすね。持ち技の全てがPP切れの状態で、「わるあがき」を使って延々と努力値を稼いでいるような状態っすね。もうズバットは見飽きたお……。伝わりづらい例えですんません。

 

 経験値は徐々に稼げているとしても、早い段階で頭打ちのくる作業(※毒の状態異常付)。

 文字通り、ひとつの「ジョブレベル」しか極められそうになく、社内でのジョブチェンジも難しそうだったので、逃げ出しました。限られた者しかダーマ神殿に辿りつけない世界は嫌じゃー!……あれ?でも、割とどこもそんな感じかしら?

 

効率的な「経験値」の集め方

 さて、会社を辞めた。特に「うおー!やるぞおおお!」と自身を燃えたぎらせるようなやりたいこともない。あっても、資金がない。さあ、どうしよう。

 人生における経験値稼ぎをするとき、結構多くの人に共通して勧められそうな方法として、次の2つが挙げられるんじゃないかと個人的には思っています。

 

人と会って話をする

 まず、「人と会って話をする」こと。当たり前っちゃ当たり前かもしれませんが、やっぱり大事だよなあと、無職になった今、改めて実感しております。

 もちろん、相手が誰でも効果があるとは限らない。有名人と話した経験があるからと言って、それだけでは別に何のメリットにもならないし、逆に、その辺の喫茶店でたまたま話すことになったおっちゃんから、学びを得ることだってあるかもしれない。

 

 ある一人の人間から得られる経験値は、その人の持っている「属性」に左右されるんじゃないかと、僕は考えています。

 年齢、性別、生まれ、専門性。それらの「属性」が、自分自身とは全く違う、無関係の、より離れた相手であればあるほど、より多くの経験値をもらえる可能性が高い。

 

 ありがたいことに、僕はブログを書くようになってから、様々な人と会って話をする機会に恵まれました。会っていただけた人たちは、広く「ネット」に関心があるという共通点はあれど、活躍されているフィールドは様々。

 それまで全く興味のなかった分野に関する話を聞き、自分なりの意見を考えてみる作業というのは、非常に刺激的で楽しいもの。コミュ障でしかも頭の回転が遅いため、その場で考えてすぐに意義ある主張を伝えることは難しいのですが。

 

 現在は、いくらでもネットを介して“出会える”サービスがあるので(変な意味じゃなく)、自分と異なる文化圏に属する人と会って話をするのも難しくないように思います。

 そんな事情もあって、就職活動生の選択肢も広まっているように思えるのですが、どうなんでしょ。この前、久しぶりに大学の後輩ちゃんと会って話をしたら、疲れた胡散臭げな視線で威圧されて泣きそうになったけど。ごみんなさい……。

 

 他方で、もし共通項の多い相手であっても、何かしらの小さな差異はあるので、その違いを見つけてみたり、共通の「属性」を深めようと話してみるのも楽しいんですよね。

 年齢が同じだけど、全く会ったこともない人を集めた異業種交流とか、超楽しそう。無職&泡沫ブロガー枠で呼んでください。

 

旅に出る

 もうひとつは、「旅に出る」こと。「自分探しの旅」とか、そういう話ではございません。自分ってなんや。

 「旅」は「非日常に会いにいくもの」だと僕は考えているのだけれど、特に一人旅の「非日常」感は、半端じゃない。

 同じ「旅」でも、家族や友達、仲間と過ごす旅行には、どうしても「日常」感が付きまとう。慣れ親しんだ人たちと見知らぬ土地で過ごす経験は、それはそれで新鮮なものだが、一人旅の超絶フレッシュ感には敵わない。

やっぱり、一人旅はいいもんだ!

 

 この引用部分でまとまっちゃってるんですが、そゆこと。

 旅のもたらす「非日常感」が、そのまま経験値になると思うのです。「非日常」とは、言い換えれば、「いつもと違う」こと。そこには、「普段は経験しない経験」が溢れかえっているはず。だから、経験値稼ぎには最適。

 ただ単に史跡を見に行くだとか、自然に触れに行くだとか、山を登るだとか、そんな日常生活においては無意味っぽいようなことですら、「経験」であることに変わりはない。

 

 将来、直接的にそれが役立つかはともかくとして、そこに足を運んだこと、それだけで、「経験」という名の価値であると言ってもいいんじゃないかと思います。実践的な面で言えば、宿泊場所の選び方とか、見知らぬ土地の歩き方とか、いつか使えるかも。

 たとえ、それらの経験が使えないものだとしても、友人との話のタネにはなりますしね。それだけでもいいじゃない。ドヤ顔で語っちゃえば。

 

選択に迷ったときの基準としての「経験値」と「価値観」

 「人」と「旅」、他にもいろいろあるかもしれませんが、より多くの経験値を稼ごうとするのであれば、なるべく自分とは異なる「価値観」を持った対象と接するべき、とまとめられそう。

 既知から得られる経験がないとは言いません。が、より刺激的で自分の見聞を広めるような経験を求めるのであれば、自分とは無縁の世界、専門外の分野など、未知の価値観へと向かっていくことで得られるものは大きいのではないでしょうか。

 もちろん、全く為にならない、無意味な経験だってあるかもしれない。けれど、それを意義のあるものにすることだって、今はできると思います。

 

 そう、ブログならね(ドヤ顔感)。

 

 この話題に関して言えば、ブログには2つの効用があると考えられます。ひとつは、自身の「経験」を文字として可視化できること。もうひとつは、自身にとっては当たり前の小さな「経験」ですら、価値あるものとして他者へと提供できること。

 自分のためのライフログとしてだけではなく、その「経験」の情報を求めている誰かのためにもなるかもしれない。翻って、自分が無価値だと感じたそれを記事として世に出すことで、新しい価値が与えられるかもしれない。

 そう考えれば、無意味な「経験」はないとすら言ってしまっても、あながち間違いではないんじゃないかしら。ものっそい前向きに考えれば、の話。

 

 そんなこんなで書いてきましたが、結局、経験値の稼ぎ方は、人それぞれ。ひたすらスライムに立ち向かい続けるも良し、特定の相手を狙って努力値稼ぎ、最速を目指すも良し。

 とりあえず僕は、しばらくの間は“いんたぁねっと大陸”を放浪することにします。仲間になりたそうな顔をしていたら、拾ってくれると喜びます。ぷるぷる。ぼく、わるいすらいむじゃないよ!

 

 

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