ぐるりみち。

平成生まれのフリーライターのブログ。本・映画・マンガ・アニメの各種レビューに、旅行・グルメ・街歩き日記など。

「興味ないけど」から始まる批判。その前置き、必要なの?

 

 読みました。

 『艦これ』好きとしては、ちょっとムッとする内容ですが、「いや、きっとアレだ。たちの悪い艦これファンか何かに絡まれて、衝動的に主語を大きくして毒づいちゃったんだ」と考えて、この方の過去ツイートと飛んできたリプライをまとめて確認してみたのですが。

 

 ……それっぽい記述がないどころか、何の脈絡もなく該当のツイートをしているようです。

 

 8月3日深夜に前者のツイート。その後、『艦これ』とは関係ないツイートが続いて、翌朝に後者のツイート。

 こうして見ると、反応が来なかった結果に対する対応としての、 “狂って” 、 “戦争脳” といった過激な言い回しを追加した、炎上狙いに見えなくもないですね。実際は、他に何かしらのきっかけがあった可能性もあるので、断定はできませんが。

 

 それはともかく。この件で気になったのは、前者のツイートに見られる、 “全く興味ない” から始まる批判について。この手の言い回しはTwitterに限らず、ネット上の随所で見られるものであるように思えます.

 この、「興味ないけど」という前置きから始まる批判について、思うことがあるので、自分なりにまとめてみます。

 

それ、本当に「興味がない」の?

 再度、先ほどの橋本さんのツイートを引用させていただきます。

 

 これだけを見ると、「批判」というよりは、単なる一個人の「感想」と言った方が、印象としては近しいかもしれません。

 ただし、 “普通に考えて” という表現によって、その「異常性」を示唆しているように読めなくもなく、4つの “シコウ” が “どうにかなって” いるという表現があるなど、読む人によっては、軽い反感を覚える可能性もあるでしょう。

 

 個人的には、このくらいの表現なら許容範囲だと思います。自分にはよく分からないものを、「理解できない」と言っているだけに過ぎないので。ただ、これに先のもうひとつのツイートを補足した途端に、印象はガラッと変わります。 

 

 狂って” いるに加えて、 “戦争脳” という言い回し。明らかな批判・批難ですね。

 この手の文言で不思議なのは、「興味がない」と言いながら、まるでそれを知っているかのような素振りで、積極的な批判を行なっている点。

 興味・関心がないのであれば、何も言わなければいいだけのこと。にもかかわらず、わざわざ異文化圏に乗り込んで批判するという、その行動に駆り立てているのは、「興味」以外の何物でもないんじゃないかしら。

 

 「興味」というよりは、「関心」と言った方が適切かもしれません。「嫌だ」とか「キモい」とかマイナス方向の感情であっても、「関心」を持って注意を払っていることに変わりはありません。

 本当に全く「興味がない」人であれば、いちいちそんなことを言ってツッコんでくることはないと思います。無関心な人であれば、その存在は知っていたとしても、「ふーん」とスルーする程度なんじゃないだろうか。

 

「興味がない」事柄に対する批判の是非

 とは言え、巷で話題になっていることにちょろっとツッコみたくなる気持ちはよく分かります。「興味ないけど、そういうのもあるんだねー、ほほー」くらいのツイートなら、僕も普段からよくしていますし。

 しかし、ある事柄に関して、「興味がない」と言いながら強く批判するのは、あまり見ていて気持ちのいいものではありません。

 印象として、「あまり好きじゃない」くらいの感想をポロッと言う程度ならまだしも、 狂って” いるとか “戦争脳” とか、さすがに言い過ぎでしょう、と。

 

 ウェブ上には、ある作品や人物を大好きな、熱狂的なファンとしての「信者」に対して、「アンチ」と呼ばれる人たちがいます。

 2chのスレッドなんかを見ると、かなり酷い罵詈雑言が飛び交っていることもよくありますが、一方で、詳細な分析・調査に基づいて批判をしているような層も、少なからずいるんですよね。

 

 「批判」「悪口」の違いについて書いてある記事をたびたび目にすることがありますが、まさにこのような違いがあるんじゃないかしら。

 自分が物申したい対象についてほぼ何も知らず、印象論悪感情をもって、暴言を垂れ流すのが「悪口」。たとえ「気に入らない」という感情が原点だとしても、気に入らないその理由と根拠を徹底的に洗い出し、分析し、理性をもって、論理的に説明するのが「批判」

 

 元来、「評論家」や「批評家」と呼ばれる人たちは、そういう作業に基づいて、自説を展開していたはずです。そりゃ、知識も何もない人がTwitterの140字で何か言おうとすれば、「悪口」になってしまうのは仕方のないような気もしますが。

 ゆえにTwitterは、議論や批判には不向きなメディアだと思います。確かに、自分なりの主張と知識をもって語ることのできる人もいなくはないですが、思っている以上に高度な技術が必要なんじゃないかと。少なくとも、僕なんぞには無理っす。

 なので、短文メディアは「感想」を書き込む場所だと認識しておいた方が、健全に利用できるのではないかしら。もちろん、過激な言葉を発すれば、燃え上がる可能性は承知の上で。

 

 冒頭の件に関しても、『艦これ』のゲーム性やユーザーに“狂って”いる面や“戦争脳”のような傾向があると仰るなら、ブログで自説を展開すればいいのでは。

 一連のツイートを見る限りでは、「いい大人が、自分の気に食わないコンテンツに根拠のないレッテル貼りをして、それに対する論理的な批判も含めて全てバカにしている」ようにしか見えないので。

 

 他方では、該当ツイートに対するリプライを見ると、人格否定に走っている人も少なくはありません。でも、レッテル貼りしているのはどっちもどっちでしょう。

 『艦これ』のユーザー数は200万を突破している*1そうなので、雑な例を挙げれば、ミリオンセラー作品に対して、そのパッと見の印象で悪口を言っているような感じ。『アナ雪』がどうのとか。というか、200万人もいれば、そりゃあ政治的思想を持っている人も少なからずいるっしょ。

 

 いずれにせよ、「興味ないけど」という枕詞が意味をなしているようには思えないので、前置きとして持ってくることは避けたほうがいいように思います。

 使うなら、本文中の余談、的な?どうせなら、ポジティブな方向で使いたいですよね。「あまり興味ないけど、◯◯っていいよね!」みたいな。そうすれば、興味を持っている人がその魅力を説明してくれるかも。

 興味ありませんが、『艦これ』のキャラだと、僕は時雨が好きです。

 

 

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