ぐるりみち。

平成生まれのフリーライターのブログ。本・映画・マンガ・アニメの各種レビューに、旅行・グルメ・街歩き日記など。

人生楽ありゃ苦もあるさ?人生苦もありゃ楽あるさ?

 じ〜んせっえ〜らっくぅ〜あ〜りゃ〜くぅ〜もあぁるぅさ〜♪

 

この歌詞が目に入らぬか!

 時代劇『水戸黄門』でおなじみ、「ああ人生に涙あり*1。この文脈で「苦楽」のどちらを先に持ってくるかによって、歌の印象は大きく変わるんじゃないかとふと思った。

 

人生楽ありゃ苦もあるさ

     ↓

人生苦もありゃ楽あるさ

 

 「だいじょーぶ!いいことあるよ!」的な文脈で引用されがちな歌詞だけど、これだけ見ると、「あれ?後者の方が前向きじゃね?」と思えてくる。語感の良さは置いておいて。

 「人生、楽ばっかじゃねーよ!苦しいこともあるんだよ!ばーか!」じゃなくて、「人生、苦しいこともあるよね……。でも、良いことだってあるよ?ね?」と語りかける感じ。やだ、この人…優しい……////

 

 ところがどっこい。

 歌の1番部分を全部乗っけると、やっぱり前者の方がしっくり来るのです。

 

人生楽ありゃ苦もあるさ

涙の後には虹も出る

歩いてゆくんだしっかりと

自分の道をふみしめて

 

 で、こっちも逆転させてみる。“涙”と“虹”も含めて。

 

人生苦もありゃ楽あるさ

虹の後には涙も出る

歩いてゆくんだしっかりと

自分の道をふみしめて

 

 「人生、苦しいこともあるよね……。でも、良いことだってあるよ?ね? だ が し か し 虹が見えたと思って安心してたら泣かされっぞ!気を付けて歩けよ!」的な。虹を見て感動した、と受け取れなくもないですが。

 

 そう考えるとやっぱり、「人生、良いことばかりじゃないよね。でも、泣いた後には虹も出るんだよ」の前者の方がキュンと来る。

 上げて、落として、落として、上げる。最終的に上にいた方が、やっぱり前向きな印象を抱かせやすいのかしら。

 

 あと、全く関係ないけど、前者でも後者でも、歌詞の後に「だから、もっと熱くなれよおおお!」を付けるだけで修造*2の声が再生されて暑苦しくなるよね。どっちにも付いても自然だし。修造は万能。

 

ポジティブよりネガティブの方が「共感」できる?

 ふと思ったのだけれど、人が他人に「共感」するときって、ネガティブな感情の方が伝わりやすいようなイメージがある。僕だけかしら?

 

 さっきの「ああ人生に涙あり」にしても、“楽”の後に“苦”を置くことで、「世間はなあ……冷てえよなあ……」と“苦”を際立たせているように思える。

 その上で、「でもやっぱり良いことあるよ!」と逆転させた上で、ラストでは“人生涙と笑顔あり”と一緒に語っている形。

 

 他には……パッと思い浮かんだ曲を引用すれば、例えばこんなの。

いろんなことを犠牲にして 巻き添いにして
悦に浸って走った自分を時代のせいにしたんだ
「もっといいことはないか?」って言いながら
卓上の空論を振り回してばっか

(中略)

今 僕のいる場所が 望んだものと違っても
悪くはない きっと答えは一つじゃない

Mr.Children/歌詞:Any/うたまっぷ歌詞無料検索

 

 この歌詞を好きな人がどこに共感するかと言えば、多くは序盤、いわゆるABメロの部分だと思うのですよ。少なくとも、僕はそう。卓上の空論=ブログ。いてえ。

 で、そこでためられた負の共感が、サビによってどーん!と浄化される感じ。J-POPに限ったことじゃないと思うけれど、歌謡曲の歌詞の大半はそんな構造なのかな。門外漢なんで分かりませんが。

 

 てけとーに「前向きになれる曲」で検索してみても、やっぱり似たような構造っぽい。「どんなときも」「愛は勝つ」「空も飛べるはず」「Best Friend」「TOMORROW」などなど。涙の数だけ強くなれるなら、僕のレベルはカンストしていてもおかしくない*3

 

 逆に、歌詞の全てが最初から最後までポジティブな曲から「共感」は得られるのかな?と考えてみると、どうだろう。常に前向きな曲…振り向かない曲……なんかあったっけ。

 

あるこうあるこう わたしはげんき
あるくのだいすき どんどんいこう

さかみち トンネル くさっぱら
いっぽんばしに でこぼこじゃりみち
くものすくぐって くだりみち

井上あずみ/歌詞:さんぽ/うたまっぷ歌詞無料検索

 

 う、うーん……。曲が曲なんで、ちょっと違うような気もするけれど。でも、確かに最初から最後まで前向きな歌詞。最終的には、動物を引き連れて密林の奥へと消え去り、「ともだちたくさん うれしいな」である。やべえ。

 前向きにはなれるが、「共感」できるかどうかというと、怪しいんじゃないかしら。徘徊してるだけだし。――すんません、もっといい例が思い浮かべばいいんだけど。

 

 ここまでの内容、一言でまとめれば「カタルシス効果*4」で済む話ですね、はい。

 

雑談における鉄板ネタはネガティブ?

 歌詞に限らず、普段の会話でもネガティブなネタは話しやすいイメージ。

 

 飲み屋に行けば、大声で愚痴合戦を繰り広げている集団を見つけるのは難しくないし、「上司(先輩)の嫌いなところあるある〜!」みたいなあるあるネタなら、多くの人が付いて行きやすい。

 失恋の話をすれば、「あいつマジちょーサイテー」とあげつらうことができるし、身近な話題でなくとも、芸能人のスキャンダルやら時事問題やら、「なんか良くないもの」に関しては誰でも突っ込みやすい。ネガティブネタは、鉄板なのかしら。

 

 ただ、これに関しては、単にネガティブが好まれやすいのではなくて、負の感情の方が「伝わりやすい」んじゃないかと思う。主に、視点の問題で。

 

 ポジティブな話題と言うと、どちらかと言えば「個人特有」の経験によるものが多そうな印象がある。「彼氏ができた!」とか「昇進した!」とか「旅行楽しかった!」とか。同じ集団で共通の経験を共有していれば、話は別だけど。プロジェクトの成功とか、一緒にTDLに行ったとか。

 でも、そうでないのなら、それは言わば「他人事」でしかなく、知らない人間には伝わりにくい。「へーそーなんだーよかったねー」「すごいすごーい」みたいな。人によっては、類似の体験を共有していて盛り上がることもあるかもしれないが、その場の全員が共感する確率は低い。

 

 一方、ネガティブなネタ、経験は、なぜだかどこでも共有されやすい。「うちの上司がこんなんでー」と言えば、「あーうちにもいるいるー」となりがちだし、失恋の理由には様々あれど、どこかしら「気に食わない」点は共有されているんじゃないかと。

 こちらももちろん「個人特有」の経験なのだけれど、どうしてだか「共通点」が見つかりやすいような気がする。個人が感じる「好印象」は人によってバラけやすいけど、「悪印象」は共通しやすい、ってことなのかな?どうなんでしゃろ。

 

 単純な話、「僕がネガティブ人間なだけ」で説明がついてしまうような気も。うむ。

 

ポジティブを見るか、ネガティブを見るか

 ポジティブとネガティブ、どちらに重きを置くかは、人によって異なってくるんだろうと思う。自分がマイナス思考だと思っているからといって、無理に前向き前向きに意識した結果、余計にネガティブスパイラルに陥る可能性だってあるし、逆もまた然り。

 

 それに、どちらか一方に注視し過ぎると、視野が狭まってしまうことも否めない。前向きなあまり悪いものが見えなくなってしまっては、トラブルに巻き込まれるかもしれないし、後ろ向き過ぎて良いものに目を向けず、チャンスを棒に振ることだってあるかもしれない。

 

 結局のところは、「うまくバランスとろうぜ!」って話なんだろうけれど。バランスの取り方は、自分なりにうまく調整していくしかないのかな。

 ただ、いずれにせよ、普段から意識して「ポジティブ」と「ネガティブ」、“苦”と“楽”に目を向けておくことは、現状をより正確に把握する役に立つんじゃないかと思う。……って、なんでこんな話になったんだっけ。

 

 

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