ぐるりみち。

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「頭が良い」ってどういうこと?言葉のアップデートのススメ

 

 読みました。小学校を卒業するまでは、自分に対する褒め言葉として、「けいろーくんって頭いいよねー!」がテンプレとなっておりました。卒業するまで……そういうことです、はい。

 

 「頭が良い」と言えば、聞く人、言う人によってどんな捉え方でもできる。何を褒めているのかはよく分からないけど、褒めていることは伝わる。

 多分、褒めている側も「頭」の何を指しているのか分かってないんじゃないだろうか。汎用性は非情に高いけれど、全く何の具体性も伝わらない、曖昧な言葉。

 

 人の言う「頭の良さ」とは、いったいどのようなものがあるのかしら。

 

1. 文字通りの意味

 文字通り、額面通りの意味合い。

 

 “頭”が“良い”。省略されている言葉を付け加えれば、“頭(の形)が良い”。子供の言葉遊びのレベルだけど、字が表す意味をそのまま汲み取れば、そういうことになるんじゃないかと。

 

 現代人の多くは髪を伸ばし、髪を立てたり巻いたりすることで髪型を整え、時には「昇天ペガサスMIX盛り」なんて芸術作品をも生み出すため、他人はおろか、自分の頭の形さえ知っている人は少ない。美容師さん、床屋さんくらいじゃないかしら。

 そして、意外と「頭の形」が良い人は稀有な存在だ。たいていは、どこかしらボコっとなっていたり、中途半端に歪んだりしている。

 

 その点、うちの妹氏はマジ半端ねーっすよ。丸刈りにしてた時なんて惚れ惚れし過ぎて、頭フェチでもなんでもない僕を長時間に渡って魅了するほど。なんか整いすぎてオーラ出てた。

 ゆえに、“頭が良い”とは至高の褒め言葉なのです。なかなか褒められるレベルの頭と出会うことはないので。しつこいようだけど、僕は頭フェチじゃないよ?ただちょっと、他人の頭を撫で回すのが好きなだけだよ?

 

2. 「知識」的な意味

 これが最もスタンダードな意味合いかと。テストで100点のクラスメイトの答案を見て、一言。「わーっ!◯◯ちゃん、あったまいー!」というもの。そんなことないよー。たまたま運が良かっただけだよー(棒)うっせ!うっせ! 

 単純な話、「知識は頭に入っていて、心は心臓に宿っている」という昔からの人の感覚によるもの。実際、脳に記憶されているからその通りなんでしょうが。

 

 小中学生くらいまでは、「頭の良さ」=「成績の良さ」が社会における絶対的な基準として、そのような人が優れた人間であり、良い会社に入れるものだと信じていた人が多かったような印象がある。

 もちろん、他方では「人それぞれいいところはあるよー」とか「No.1よりOnly One」とか言われて育ってはきたけれど。でも、結局のところ評価されるのは学校の成績であって、他はおまけのようなものに過ぎなかったと思う。

 

 そのような意味で、「頭の良さ」は誰もが欲しがるものであって、優れた人間は一種の優越感を持っていた。成績上位者として、またスクールカーストの貴族層として、学校に君臨していたようなイメージ。

 

3. 「知恵」的な意味

 で、高校生くらいになって意識し始めるのが、「知恵者」としての頭の良さ。

 

 一口に“知恵”と言っても、その意味するものも広範に渡る。ざっくりと言い換えるのなら、「機転」「応用力」「問題解決能力」といった単語が近いんじゃないかな。

 “知識”的な意味で求められる「頭の良さ」とは異なり、こちらは単純に勉強ができる、記憶力が良いといった、成績や結果としての視覚化が容易な能力ではない。自分の持つ知識の中から必要なものだけを抽出し、その場その場に応じて的確に物事を為し、問題を解決する能力。

 

 ぼーっと外側から客観的に見れば、「具体的にどんな論理を使って、何をしているのかは分からないけど、物事をうまくこなしている人」。そこで使われている知識を知っている人ならば、やっていることやその過程も分かるかもしれないが、無知な人には何がなんだか。

 

 「知っている」だけでは、その全ての知識を活かせるわけではない。それまでに学んだことを頭の中で選び、組み立て、時と場面、状況に適した最善を為せるかどうか。頭でっかちさんじゃなくて、応用力を持ってそれを自然に行使できるできる人。

 それは外から見てもかっこいいし、「頭が良い」という言葉がぴったり当てはまるようにも感じる。そんな人になるためには、いろいろな要素が必要なんだろうけれど、「経験」はひとつの大きなポイントなんじゃないかしら。

 

4. 「適応力」「コミュ力」

 少し方向性は異なるけれど、この辺りも「頭の良さ」に含まれるように思う。まあ「頭の形」よりは類似性もあるっしょ。いや、あっちはもはや別ジャンルか。

 

 前項との違いは、「対人能力」に限られる点。新しいコミュニティやグループに入って、瞬時にそこに馴染むことのできる力。あるいは、他人とすぐに仲良くなり、信頼を得るコミュニケーション能力。

 こちらも一言でまとめるならば、みんな大好き「空気を読む」力と言っても間違いはないかと。相手の気分や性格、集団の特性や人間関係を読みきった上で、自らをその場へ適応させ、うまく立ち回る力。リア充か。うん、リア充だ。

 

 知識云々は全く関係がないので、吐き気がするほどに勉強が苦手な人でも、身につけようと思えば会得できる能力だと思う。合う合わないは別として。

 例えば就職活動なんかでも、偏差値の高い大学の出身だから内定をぽんぽん取れるわけでもなく、そこに“知識”としての「頭の良さ」はあまり関係がない。スーパーお祈りタイムを回避して、内定を得るためには、「人や企業に合わせる」力が重要視される……らしい。

 

 僕個人としては、「コミュ力」って言葉もふわふわして曖昧なので、あまり好きじゃないのですが(結局、「コミュニケーション能力」って、なにものなの?)。それでも、人に好かれたり、集団でうまくやったりするのもひとつの「能力」だし、そこに「頭の良さ」が無関係とは言い切れないと思う。

 

で、結局「頭が良い」ってなんなの?

 ぶっちゃけ、「頭が良い」という言い回しって、子供の頃から使ってきた「他人を褒めるテンプレ表現」がそのまま残っちゃってるものなんじゃないかと。ボキャブラリーが貧相……とまでは言わずとも、便利だから、無意識にずっと使い続けている言葉。

 英語に訳そうとすれば、wise、clever、smart、intelligentなどなど、いろいろ出てくるし。

 

 それでも伝わるのなら、無理に別の言い回しを考える必要はないと思う。けれど、人の褒め方なんて他にももっとたくさんあるし、もちっと違った言い方を考えてみてもいいんじゃないかしら。だからと言って、「ネ申」とか「パねえ」というのもアレですが。

 

 もしかすると、普段は意識していないだけで、幼い頃からずっと使い続けている「テンプレ表現」が、他にも相当数あるのかもしれない。成長して、語彙力は間違いなく上がっているはずなのに。

 そう考えると、たまに自分のよく使う表現を見直して、「言葉のアップデート」を図ってみるのもいいかも。たびたびこのブログでも取り上げているテーマではありますが、意外と楽しいもんでっせ?「ことば」を考える作業って。

 

 

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