ぐるりみち。

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インターネットで「強い言葉」を好んで使う人たち

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『BLEACH』20巻より

 

 インターネットの世界では、「文字」でのコミュニケーションが基本となっている。ツイキャスやニコニコ生放送といった、リアルタイムでの動画コンテンツもあるが、時間の制約や記録の問題などがあり、複数人を巻き込んだ議論には不向きな印象が強い。

 

 一方、掲示板に始まり、チャット、ブログ、SNSなどと続く文字でのやり取りは、今なお、ネット上でのコミュニケーションの大勢を占めている。

 個人サイトのBBSでは、荒らしと常連との戦いが繰り広げられ、2chでは、言葉の応酬の中で長文を投稿すれば鼻で笑われ、Twitterで行われる激論は、Togetterに記録され、さらにコメント欄まで盛り上がる。いつでもどこでも見知らぬ相手と言葉を交わせるインターネットが、僕らはみんな大好きだ。大好き……ですよ?

 

 そんなやり取りに参加すると――あるいは、外から眺めていると、中にはひっじょーに「強い言葉」を使う人たちがいる。何かを振りかざし、断言し、徹底的に相手を叩き潰し、時には何かを吐いていなくなる彼ら。

 

 いつも教室の隅っこでしゃがみこんでネリケシをいじっていたような僕からすれば、「よっぽど自分に自信があるんだろうなー」と、そんな人たちの「強さ」は羨ましくもある。ただし、その言い分が論理的であれば、の話ですが。

 別に、全くの隙がないほどに整然とした論理である必要はない。受け取る側の主観もあり、「文字」だけで、全ての人に対して意図した通りの考えを伝えることはできないと思うので。けれど、ぜんっぜん筋の通っていない主張の中で、やたらに「強い言葉」を使っている人がいる。どうしてだろう。

 

 

「正義」

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 例えば、“正義”

 

 ある人が自らを“正義”として語る場合は、深い意味はないのだと思う。「俺は、俺が今話している俺の意見を正しいと思っているぞー!」くらいのもの。自己主張するくらいなのだから、みんなそうなんじゃね?と突っ込んではいけません。

 

 あるいは、「お前の言い分は正義なのか?」と突っ込んでこられることもある。暗に「貴様は悪だ!」と示しているようなもので、「俺が正義だ!」ということも背後に忍ばせているように見える。

 こちらとしても、自分の主張が正しいと考えているからそう主張しているのであって、「何を今更?」な感じが否めない。はい、そうですね、と言うのも、なんだか却って相手を刺激させそうで怖いし。

 

 要するに、議論の中で“正義”や“悪”を語るのは、全く無意味なことなんじゃないだろうか、という話。お互いの意見・主張を示し合っているのであって、それが正しいか正しくないかの結論を今、出そうとしているんじゃないかしら、と。

 なぜ、急に“正義”を持ち出してくるのかと考えてみると、いわゆる「一般論」に持ち込みたいからそうしているのかなーと思った。「あなたの意見は常識的に考えて、正義と呼べるものなのですか?」「普通はそれは正義じゃないだろう」みたいな。

 

 “普通”“常識”、清々しいほどのマジックワード。ある人が話すそれらは、その人にとっての“普通”や“常識”であって、時や場所や状況によって変わってくる、曖昧なものだと思う(誰かの信じる「普通」や「常識」は、他の誰かにとってそうではない)。

 「何が正しいか」を話している中で、「世間的には正しい(と自分では思っている)」と言い出してしまえば、それを明確に肯定することも否定することも難しくなってしまうのではないかしら。

 

「論破」

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 例えば、“論破”

 

 ここ数年、Twitterでよく見かけるようになった気がするのは、僕だけでしょうか。互いにリプライを飛ばし合っている中で、唐突に「はーいww論破www」と言い出す人。

 あまりに使っている人が多いので、何か元ネタがあるのかな?コピペかな?別の意味があるのかな?と思って調べてみたのですが、見つからず。ご存知の方がいらっしゃったら、教えてくださるとありがたいです。

 

 元ネタがない前提で考えてみると、相手が「はい論破」と言い出した場合、十中八九は論破できていないように見える。なので、実はミスタイプなんじゃないかと疑うレベル。リンパかな?ルンバかな?

 直前までに筋のある論理が示されており、かつそれが相手の主張を明確に挫くものであるならば、決めゼリフとしてかっこいいかもしれない。あれだ、「QED*1」的な。

 

 この言葉を使える人は、相当な自信家なのだと思う。「はい論破」と言った後、反論など返ってくるはずもない、という自信の現れ。やべぇ、超かっこよく思えてきた。

 まさか、反論される可能性も考慮できていないとか、自分が反論できないから議論を強制終了させようとか、そんな思惑はありませんよね?みんななかよく、らーぶらーぶ*2

 

自分の「正しさ」を証明すること

 単語で探そうとすると、意外と思いつかないものですが、他にも、「〜〜に違いない」とか「〜〜べき」とか。理論を構築した上で使うならともかく、感情論・印象論だけで断言し続けるのは、却って自信がないように映ってしまうこともあるのでは。

 そもそも、ここで書いていることも全て僕の印象論なので、あまり偉そうなことは言えないのですが。けれど、このような「強い言葉」を使う人の大半は、自分の「正しさ」を信じきっており、とにかくそれを証明したい人が多いように思う。

 

 見知らぬ他人に否定されたせいなのか、相手の言葉遣いが気に食わなかったのか、文字によるコミュニケーションに慣れていないのか。理由は分からないけれど、ネット上で誰かの意見に対して異を唱えると、なぜか「正しさ」の押し付け合いになり、相手を叩き潰そうとする流れが現れる。昨今の炎上案件の多くも、そんな雰囲気がある。

 

 「文字」によるコミュニケーションにおいては、思った以上に意図や感情が相手に伝わりづらい。怒っていないのに怒っていると勘違いされたり、そんなつもりはないのに「上から目線」と言われたり。

 大前提として、まず「文字」の曖昧さは理解しておいた方が良いように思う。そして、相手を叩き潰すことの無意義さも。本来ならばどうでもいいはずの、小さな問題でそんなに熱くなって、ちっぽけな自尊心を守って、何になるんだろう。クールになりましょ。

 

 でも確かに、それが自分にとって譲れない話題であったり、関心の強い内容だったり、他人と議論して、考えを深めたいときだってあると思う。

 そんなときは、相手を潰すことを目的にするのではなく、「意見交換」をしている、ということを常に意識においておけば、相手のことも認められるし、極端に熱くなることもないと思う。……ただ一方では、少なからずそんな「戦い好き」さんもいそうだけど。

 

 議論で相手を言い負かそうと躍起になって、無駄に熱くなり、激昂し、やたらめったら強い言葉を使ったところで、相手がバカじゃなければ、軽くあしらわれておしまい。自分の「正しさ」を証明しようとするのは結構だけれど、言葉は選ばないと、逆に自分の矮小さを露呈させることになりまっせ。

 

 

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