感情が先?理性が先?「一目惚れ」したって良いじゃない!


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 先日、友人と、恋愛に関してこんな話をした。

 

友「お前って好みのタイプとかあったっけ?それとも気付いたら好きになってる系?」

僕「うーん、タイプはあるけど、どちらかと言うと感情優先な気がするにゃー」

友「でも、それにも何かしら理由はあるべ?」

僕「あるにはあるんだろうけど、言葉にできる時とできない時があるからにゃー」

友「理由と感情、どっちが先かって言うと、理由の方が大きいイメージがあるけどな」

僕「うーむ、どちらのパターンもありそうな気もするけど、どないじゃろ」

 

 酒を飲みつつ、しかも爆音の流れるクラブの浮かれた雰囲気の中での会話だったので、うろ覚え。多分、一字一句たりとも合っていないけど、内容としてはこんな感じだった。

 人が誰かを好きになるとき、理由があるから好意を持つのか、それとも、「好き」という感情が先にくるのか。どないでっしゃろ。

 

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感情が先立つ「一目惚れ」

 「感情」が先にくる恋愛と言えば、真っ先に「一目惚れ」が思い浮かぶ。

 相手を一目見た瞬間、視線を外せなくなり、胸はきゅんきゅんと高鳴り、背景には花が咲き乱れる。そんな少女漫画チックな経験をしたことがある人は、少なからずいるはずだ。……恋に落ちる音ってどんな音ですか! 溶けてしまいそうになるんですか!*1

 

現実では「なかなか恋に落ちない」という周囲の声をよく聞くけれど、最近のある統計結果で、ひとめぼれ経験者は55.2%(男性は61.1%、女性は50.6%)と出たそうだ。世の中の半分以上の人が、ひとめぼれ、したことがあるんですね。

 

 「一目惚れ」は感情論か――と問われれば、間違いなくそうだと思う。それを文字通りのものとするのなら、本当に “一目見た瞬間” に惚れてしまうものであって、そこに理由が介在する余地はない。

 顔が好みだとか、イイ身体してそうだとか、そういう考えに至る前に、ドキューン! と心臓を射抜かれてしまうのが一目惚れであって、それらの理由は後付に過ぎないんじゃないだろうか。後になって「そういえば、イイ身体してますよねぇ……デュフフ」なんてことはあれど、それより前、瞬間的に感情が昂ってノックアウトされるのが、「一目惚れ」ではないかと。

 

 「一目惚れ」と聞くと、あまり良い印象を持つ人はいないかもしれない。いや、惚れるのは自由だけど、それで結婚にまで至っちゃうのはどうなのよ……と。当人たちが納得していていたとしても、周囲を理解させるのには明確な根拠、論理が必要となる。だって、他人の感情なんて分からんのだもん。

 ところがどっこい。どうやら、「一目惚れで結婚したカップルは離婚率が低い」という統計もあるのだとか。

 

アメリカで実際に行われた調査によると、一目惚れをしたカップル1500人のうち約半数が結婚を成立、さらにその後の離婚率を調べてみると、男性が約20%、女性では10%以下とかなり低い離婚率になっています。

 

 Wikipediaの “一目惚れ” の項目に書いてあったので、またまたご冗談を……とソースを探してみたのだけれど、残念ながら見つかりませんでした。ただ、他のサイトの多くでもこの統計結果とやらが引用されていた模様。逆に怪しいような気がしなくもないけれど。

 たとえこのデータが本当だとしても、それが日本人カップルに当てはまるとも思えないので、なんら意味のあるものではありませんが。恋愛観も、アメリカさんとは違うだろうし。

 ただ、万人には適用されないとしても、論理も理由もへったくれもない感情に先立った、 “運命の赤い糸” のようなものはあるのかもしれない。……きゃー! はずかしー! 関係ないけど「運命の赤い糸(物理)」を描いたマンガが好きです(参考リンク:“赤い糸(物理)”が紡ぐ2人の関係がとにかく可愛い『あかいろ交差点』)。

 

僕らは恋愛に理由を求めがち

 そもそも、他人へ向ける好意、「好き」という感情そのものが、そもそも理屈では説明の難しい、不確かな存在だ。好きになったと思ったら、すぐに手のひらを返して、嫌いになることもある。ある時にもたらされる感情に、万国共通の基準なんてない。

 にも関わらず、僕らは「好き」に理由を求める。恋バナ(笑)が始まれば、「おいおい〜どこが好きなんだよ〜?ツンツン」とウザいくらいに絡まれるし、恋愛モノの告白シーンになれば、「どうして?」「私のどこがいいの?」と説明を促されがちだ。ちなみに、説明を求められた場合、高確率でフラれる。

 

 そして書店を見れば、いつの時代も、恋愛のハウツー本は多く並べられている。雑誌の特集、ニュースサイトのコラムなんかでも、鉄板ネタだ。「気になるアノ子を振り向かせるテクニック☆」だの、「流行りのカワモテコーデ♪」だの、ルンルンキャピキャピしてうひょっほー!僕には無縁の世界でござるんるん。

 「女性(男性)が好む(嫌う)異性の◯◯10選!」みたいなシリーズ、みんな大好きだもんねー。それが意中の相手にも当てはまってればいいねー。

 

 なんでもかんでもに理由を付けたがる気持ちは、理解できる。要は、不確かな状態であることが不安なんだと思う。

 相手の好みが分からないから、知りたい。可能なら、それに合わせて自分の方へ振り向かせたい。自分の「好き」の気持ちに自信がないから、何かで理由付けがしたい。それが後付だとしても、それなりに理屈が通っていれば、大きな自信になる。好きでいられる。自分の気持ちを裏切らないで済む。だから、僕らは強く “理由” を欲する。

 この過程は全く無駄なものだとは思わないし、むしろ “健全な恋愛” をするのなら、必須ですらある。自分だけでなく、周囲にも説明できるし、それによって無用な諍いを回避することに繋がる。複数人が恋愛に絡むと、ひっじょーに面倒くさいから。端から見ている分には楽しいけど。君は誰とキスをスルー*2

 

一定条件下で、感情は「理性より賢い」

 感情か、理性か。そんなことをふらふらと検索していたら、こんな記事が目に留まった。恋愛とは少し離れるが、心理学的な研究を説明したもの。

 

最近、たくさんの変数を含む複雑な決定においては、「感情的なシステム」や無意識のほうが「意識的な脳」よりも優れている場合があるという研究が行われている。

(中略)

あらゆる感情はデータの要約、つまりわれわれが意識の上ではアクセスできないすべての情報処理を手早くまとめたようなものだ。複雑な事象について予測を立てるときには、この余分な情報がしばしば重要になる。これが情報に基づく推測と、単なる偶然との違いだ。

 

 「理性」と比較した時の、「感情」の合理性について論じた内容。頭で考え、言語化した論理こそが正しいものである、という一般論に対して、あまり聞き覚えのない、刺激的な言説がなされている。

 そこで重要となってくるのが、大量の情報を処理する「無意識」と、それを引き出す「感情」であるという。処理能力の低い「理性」と比べて、その存在は決して看過できないものとなっているそうだ。

 

 ざっくりと言えば、「無意識」とはつまり、言葉にするまでもなく深層に刻み込まれている「知識」や「経験」のことなんじゃないかと感じた。浅薄な理解かもしれないけれど。

 「どうしてそう考えたのか」と聞かれても、明確に言語化することはできないが、自信を持って答えることのできること。亀の甲より年の功。長年の経験則。そのような、経験に基づいた自信や根拠を完全に否定することはできない。イチローもそんなこと言ってたような。

 

移ろう人の感情と、不変の論理

 言うなれば、「理性」は頭でっかちさんで、「感情」は臨機応変なイメージ。理性は、その時々でひとつのことを言語化して説明することしかできないけれど、感情は、同時に複数の決断を下すことができ、場面場面に応じてふらふらと方向を変える。

 これを恋愛に当てはめれば、「理性」は安定しているようでありながら、非常に不確かなものなんじゃないかと思う。

 なぜならば、「好き」という好意を向ける人間、向けられる人間は、不変のものではないからだ。一度、「◯◯なあなたがすき!」と定義してしまえば、「じゃあそれが変わったら嫌いになっちゃうの?」と突っ込まれても文句は言えない。

 

 社会で生活する以上、人の考えや感情は常に移ろい続けるもので、はっきりとした形を持っていない。容姿だって、年々変わっていく。それなのに、その人の好きな部分を「こうだ!」と決めつけてしまうのは、自分を縛ることにもなりかねず、不安が残る。

 逆に考えれば、その人の本質、これからも変わらないであろう根っこの部分を理解した上で、その点に惚れているのなら、以降もずっとうまくいくんじゃないかと思う。ただしその場合、その部分を好きな「自分」が変わらないことも前提になるけれど。

 

 感情が先か、理性が先か。やはり「好き」という好意、そのものが「恋愛感情」と名付けられていることもあり、重要なのは「感情」なんじゃないかと僕は思う。

 もちろん、それも経験に裏打ちされたものであった方がいいだろうし、常に感情に流され続けても、痛い失敗をする未来しか見えないけれど。

 

 とは言え、その「好き」だって、言葉にしなければ、行動で示さなければ、相手には1ミリも伝わらない。たとえぶっ壊れたとしても、3分の1も伝わらないんですもの*3。結局は、言語化する作業と、それを明確にする理性が必要となってくる。最初から両思いだったり、感情でゴリ押しできればいいが、こと大人の恋愛に関しては、それも難しい。

 自分の内から沸き上がる感情を自覚して、相手を理解して、その感情が伝わるように工夫を凝らして、それをはっきりと相手に伝えて、どうなるか。恋愛は、身体的にも精神的にも無駄に労力を要するし、めんどっちい。それでも、僕らはATフィールドを程々に壊して、相手の内側へ入りたいと願うのです。

 

「感情が計算できるならとっくに電脳化されている。……計算できずに残った答え、それが人の気持ちというものだよ」*4

 

 

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