ぐるりみち。

日々日々、めぐって、遠まわり。

寝込んでいるときが、最も「本音」を引き出しやすい?

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photo by to.benjamin

 

 風邪をひいて、2日ほど寝込んでました。
 嘘です。2日目はずっとスパロボやってました。

 

とりあえず、暇でした。

 人間、発熱すると、ダルい。――だって、にんげんだもの。

 

 そんな当たり前の事実を、久しぶりに身をもって思い出しました。僕は別に病弱キャラなんて設定は持ち合わせていないけれど、たまに風邪を引いて寝込むくらいには人間です。うん、何を言っているのか分からないね。

 

 熱が出た!大変だ!ゆっくり休め!……と気遣われるのは、社会にでる前まで。

 

 僕も前職では、「え?熱?何度?……さんじゅうはちぃ!?舐めてんのかこんちくしょう!こちとらインフルでも出勤してんでぇ!甘ったれてんじゃねえこのあんぽんたん!」などと労働を強要されることもなく、「体調を見て、危ないと思ったら帰ってくるのよ?」と、まるで田舎のお母ちゃんのような慈悲に溢れた素晴らしい職場でございました。――あれ?なんか日本語がおかしいね?

 

 ちちち違うんです!しばらくブログも更新せず、各サイトのチェックもできず、TwitterではROMっているだけという半ネット断食状態から開放された反動で構ってちゃん症候群が出たというか、いやでも実はそんなこともなくて、ただ思うままに文章を書き連ねていたらこうなってしまうという自分の未熟さを露呈させることで周囲との距離感をうまい具合にビビディバビディブーするという呆れるほどに有効な戦術を提案しようと試みるも、逆にあいつないわーキモいわーとドン引きされる可能性に思い至ってやっぱり僕は神聖かまってちゃんなのだという命題を再確認したところで、23才の夏休みは何をしていたのか思い出せないけど背中にキラカードを貼り付けることはいじめか否かはともかくとしてあの曲はかなり好きだったりするのですが、やはり僕はおっπよりも太腿の曲線美に心奪われるタイプです。俺が!俺達が!フトモミストだ!やだ!やらしい!えっちぃのはきらいです!よし、準備運動完了。

 

暇を持て余した病人の遊び

 何が言いたいかといいますと、「ぶっちゃけ、寝てるだけって暇だよね!死にたくなるよね!」というお話。で、人間、暇になれば、好き勝手にいろいろなことを考え始めるもので。いや、他の方はどうなのか分かりませんが、僕はそうします。

 

 あー、だりーよー。もう寝すぎて眠くねーよー。本読みてーよー。ゲームしてーよー。

 ――このくらいなら、まだ序盤。暇な現状に対する不満を宙に吐き出しつつ、眠くなるまでごろごろしている感じ。

 

 うー、治ったらなにしよっかなー。まずはあれをしてー、次にこれもしてー。あああ、マンガの発売日過ぎてるからまとめて買いに行かなきゃー。

 ――病気が完治した、すぐ後のことを考えだして、中盤。とりあえず先のことを考えて、気を紛らせ始める。

 

 いや、待てよ。そもそも、僕が今、やらねばならんことはなんだろうか。コレとアレに取り掛かるのは急務として、その先、挑みたいこと、成し遂げたいこととは何ぞや。私のやるべきこと、成すべきこととは。我は何故、この世に生を受けたのであろう。此の地球という星に、意志を持つヒトという種族が繁栄する意味とは如何に。

 ――あまりに暇すぎて、なんか訳の分からない哲学的な問いにまで言及しだして、終盤。賢者タイムとも言う。恋する乙女が意中の人とのアレコレを妄想したり、健全な男子がケンゼンな思考に行き着いたりするのも、終盤かしら。……ケンゼン、ダヨ??

 

 で、僕が思うに、この終盤の思考にまで行き着くのは良い傾向であって、むしろ推奨すべきものなんじゃないかなー、と。もちろん、賢者タイムとか、人類の行く末に思いを馳せる必要なぞ皆無ですが。

 寝込んでいるとき、暇なときだからこそ、普段は考えないようなことについて考えられる良い機会であり、そのときに思考した内容こそが、自分の「本音」に近い考えだったり、感情だったりするのではないでしょうか。

 

病床にあるときが、「自然」な状態なのかも

  風邪やらインフルやらノロやら何やら、〈身体〉に何らかの異常を来す病に臥せっているとき、その人の〈精神〉も弱りがちだというのは、よく耳にする話だと思う*1。男女に関係なく、発熱して寝込めば、いつもより甘えん坊になる人は少なからずいるはずだ。

 

 普段は勝ち気なあの娘や、明るく爽やかなイケメンの、「う〜ん…おかあさん……」なーんてうわ言を聞いてみなさいよ!キュンときちゃうよ!ギャップ萌えだよ!ときめきメモリアっちゃうよ!まあ現実は病気で余裕がなく、顔に締まりがなくなってちょっと残念なことn……いえ、なんでもないです。

 

 そんな、精神的に弱い状況下において現れてくる、人の「思考」や「言葉」は、その人の本音・本質に限りなく近い部分から出てきたものなんじゃないでしょうか。

 普段は周囲の視線や社会的道徳、その他諸々に縛られている〈心〉を開放するのは、それを守る〈体〉が弱ったとき。自らの〈精神〉が最も自然な状態になるのは、そのときなのでは、と。自分で書いていて、捉えどころのない、曖昧な、見方によっては胡散臭い言説だなーとも思うけど。

 

 けれど実際、寝込んだことが、後の選択の契機となったという経験が、個人的にはありまして。ブログでも何度か書いていますが、僕が会社を辞めるきっかけは、ノロウイルスちゃんでした。

 ただしそのときは、そんな精神や身体がどうのこうの、という話ではなく、単純に“忙しい日々にぽっかりと時間ができて、自身の現状を省みるきっかけとなった”ような印象が強いけれど。でも見方によっては、“弱っていたときにポロッと本音が出てきた”ように捉えられなくもない。

 

 ――とまあ、思いつくままに書き連ねて参りましたが。要は、「寝込んでるときって暇だし、適当に思い浮かんだことを考えてみたら、普段とは違うアイデアが浮かぶんじゃね?」って話です。

 無為に時間を過ごしたことを正当化したいから……という思考で出てきた考えかもしれないけれど。なにはともあれ、黒髪三つ編みボクっ娘に優しく看病してもらいたい人生でした。ちくしょう!雨は、いつか止むさ。

 

 

3日食べなきゃ、7割治る!

3日食べなきゃ、7割治る!

 

*1:精神的な病に関しては別