ぐるりみち。

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小説版『ゆめにっき』〜わたしはあなたの夢を見る

 

 あなたは、また夢を見ている。

 

 ききやま氏原作のフリーゲーム、『ゆめにっき』の小説版を読みました。小説版の著者は、『狂乱家族日記』や『ささみさん@がんばらない』で有名な、日日日氏。

 ひっじょーにおもしろかったので、思ったこと、考えたことをつらつらと。直接的なネタバレはしていません。たぶん。

 

 

 『ゆめにっき』と言えば、独特の世界観が人気の作品。訳の分からない、どこかグロテスクな世界を歩き回るだけのゲームでありながら、数多くの人を魅了してきた。あのエンディングに衝撃を受けたプレイヤーは少なくないんじゃないかしら。

 僕自身も数年前、実況動画をきっかけに、実際にダウンロードしてプレイした口でありまして。エンディングを見終えた後は、しばらくポカーンとしながらも、「つまりどういうことだっぺよ…」などと考え込んでおりました。

 

 そんな『ゆめにっき』が今年、「Project Yumenikki」としてメディア展開中。イメージ音楽CD化やWEB漫画連載などが進んでおり、この小説版はそのプロジェクトのひとつ、という立ち位置。

 このメディア展開においては、その内容はどれも各クリエイターの「個人解釈」であり、作者であるききやま氏のものではないということらしいです(それぞれ、作者の確認・許可はとっているとのこと)。

 

 

 そして今回読んだ、日日日氏による小説版『ゆめにっき』。Amazonで評価を付けるとしたら、個人的には「★★★★★」をあげたい内容でした。想像していなかった方向に話が進んで、おんもしろかった!

 

 本作は、第一部「あなた」、第二部「わたし」、第三部「夢日記」の三部構成。

 

第一部「あなた」

 第一部では、原作で操作するキャラクターであり、主人公とされている三つ編みの女の子、「窓付き」「あなた」と呼ぶ誰かの視点から、物語が展開していく。

 

 会話もなく、ほぼ無感情に、夢の中を彷徨う「あなた」の様子が淡々と客観的に描かれていく。原作プレイヤーならば、あの暗くグロテスクな背景が自然と頭に浮かんでくるはず。黒々しくて、不可思議で、おどろおどろしい。

 そして、「あなた」は「わたし」と出会う。

 

第二部「わたし」

 第二部は、一部で「あなた」を見ていた「わたし」の一人称で物語が進んでいく。原作をすみずみまでプレイしている人なら、「おまえかー!」と突っ込むだろう人物。

 

 「主人公は窓付きだろう」と思っている人にとっては、少々複雑かもしれないけれど、考えてみれば、彼女はあくまで「操作キャラクター」でしかないわけで。この点は別に原作改編でも何でもなく、「そういう解釈もあるのか!」と納得できた。この「操作」ってのがなかなか重要というかうまいというか…ゲフンゲフン。

 

 二部で視点が一人称になり、感情を含めた多くの情報が入ってくることで、文字通り夢に「色が付いた」印象を持った。風景的で単調だった一部と比べると、「あなた」のためにがんばる「わたし」が感情的でよく動くこと動くこと。というかおまえかわいいな!もう!

 急に心理学や夢分析の話題が大量に入ってきてびっくりするかもしれないが、なんとなーく先の展開に関わりそうなフラグ構築がいっぱい。うまいなあ。

 

第三部「夢日記」

 第三部では、二部でずっと「あなた」に寄り添い続けてきた「わたし」が一人になり、自身と、現実と向き合い始める。原作・二次創作で人気のキャラクターたちも多数登場でっせ!

 

 なぜ「わたし」は「あなた」を求めるのか。この夢は誰のものなのか。「あなた」は誰なのか。「わたし」は誰なのか。原作ではひとつとして明かされない事実が、心理学や夢分析という著者の解釈によって固定化されていく。ミステリーでいう解決編。

 

「あなたの夢に私はいない」

 「夢」と「現実」が入り交じった第三部だが、最後はまた「夢」に帰る。

 夢の中にいる一部と二部と比べて、三部はどちらかと言えば現実的で具体的なないようだったが、翻って最後は暗示的だ。オリジナルながら、どこか原作チックでいいな、と思った。

 

 「夢」は、誰にとっても身近なものでありながら、理解の出来ない、遠い存在だ。誰もが違う夢を見る。そこにひとつとして同じものはないし、だからこそ、おもしろくもある。

 

 だけど、これは、同じ夢を見る、「あなた」と「わたし」の物語。

 

 あなたとわたしは、いつか同じ夢を見られなくなる。

 あなたの夢に、わたしはいない。

 わたしの夢にも、あなたはいない。

 いなくなるから——夢では、お別れ。

 でも、わたしは現実であなたと巡り会う。

 

 

 『ゆめにっき』という作品は、全てが不確定な物語だ。三つ編みの女の子には「窓付き」という呼称があり、彼女は出られない部屋の中にいるが、夢の中では自由に歩き回る事ができる。それらの事実はあれど、部屋から出られない理由や、夢に見る風景、夢の住人との関係性などは想像するしかない。

 「夢」という暗示的な、どこか意味がありそうで、でもそれが分からない、ふわふわしていて不思議な世界。そんな不確定なものだからこそ、解釈のしようがあって魅力的なのだろう。誰も知らない未来を想像するのが楽しいように。

 

 小説版『ゆめにっき』の物語は、他のどこでも読んだことのない解釈でありながら、読んでいて納得のできるものだった。「夢」というキーワードから、関わりの深い心理学と夢分析を繋ぎ合わせ、「わたし」の物語として昇華されていると思う。

 原作が好きな人には、ぜひぜひ読んでいただきたい作品。小説版を読んで、改めて、他の人の解釈を聞きたくなった。不定形である「夢」と同様に、いろいろな人のいろいろな視点からの解釈を読むのは、とても楽しい。

 

 では、また、夢の中で会いましょう。

 

 

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